「私たちの事業が成長すればするほど、社会がより持続可能になる未来」。企業としての理想とも言えるスローガンを掲げてESG経営を実践している企業、それが今回のSDGsトレジャーカンパニー積水化学工業株式会社(以下、積水化学)です。
2020年に策定された長期ビジョン「Vision 2030」では、レジデンシャル(住まい)、アドバンストライフライン(社会インフラ)、イノベーティブモビリティ(エレクトロニクス/移動体)、ライフサイエンス(健康・医療)の4つの事業ドメインにおけるイノベーションを通じて、サステナブルな社会の実現に向け、LIFEの基盤を支え、“未来につづく安心”を社会に届けるというビジョンを打ち出されています。
そのビジョンを実現させる戦略が「ESG経営を中心においた革新と創造」です。今回は、積水化学のESGの取り組みについて、製品による社会課題解決を加速するための社内制度や従業員・次世代に向けた教育を担当されているESG経営推進部担当部長の三浦さんと担当課長の野澤さんにお伺いしました。
ーーSDGsが世界の目標であれば、その目標を達成する手段がESG(環境 Environment、社会 Social、ガバナンス Governance)とも言われていますが、御社のESG経営について教えてください。
三浦さん:長期ビジョンを達成するための戦略としてESG経営を掲げています。サステナブルな社会の実現と利益ある成長の両立が目的であり、環境や社会の課題をより戦略的に捉え、その解決に取り組むことが私たちの仕事そのものであると考えています。
ESG経営を実践するために、これまでも取り組んできた「社会課題解決貢献力」、「利益創出力」に加えて、新たに「持続経営力」を設定し、この3軸を高い次元で満たしていくことで、当社の持続的成長と社会の持続可能性の向上を目指します。
ーー持続経営力とは、どのようなことですか?
三浦さん:長期ビジョンにあるように、LIFEの基盤を支えるために、本業を通じて社会課題解決を行っていますが、1年、2年といった短いスパンではなく、10年、20年と長期にわたって持続的に経営していくためには、未来への投資も必要です。
例えば、再生可能エネルギーの導入などは、再生可能エネルギーを使用して生産した製品が訴求力を持つ、炭素税などの規制リスクの低減につながる、など、将来的にリスクをチャンスに変える可能性が高い取り組みは、コストではなく、長期に向けた投資と考えて戦略的に取り組んでいきます。
ガバナンスの面でも、工場の火災や偽装、不正、システム障害など重大なトラブルにつながりかねないリスクを早期発見し、解決する仕組みを作っておくことも持続的な経営には不可欠です。
こうした長期的な視点に立って、経営を持続させる仕組みの強化を持続経営力として、その向上にも取り組んでいます。
ーーESG経営はいつから始まったのですか?
三浦さん:戦略としてESG経営を取り入れたのは、長期ビジョンを策定した2020年からになります。
考え方の素地は創業以来の社会課題を解決するものづくりを進めてきたところにあります。2000年代のはじめには、環境経営としてエコロジーとエコノミーの両立を推進してきました。そこから、環境に加えてCSR的な側面への認識と取り組みを強化し、企業的責任を果たすCSR経営に移行していきました。
CSRの取り組みは企業の非財務事項ですが、企業活動として継続していく上では財務と統合する必要がある、という統合的思考となり、さらに、長期ビジョンでめざす成長を実現するなら、社会課題の解決と利益ある成長を共にめざす必要がある、ESGそのものが経営戦略であると定めESG経営へと進化しました。
ーーESG経営があり、4つの事業ドメインでさまざまな社会課題にアプローチされていると思いますが、具体的に貢献度を確認する仕組みはあるのでしょうか?
三浦さん:当社が扱う製品の中で、自然環境と社会環境の課題解決に対する貢献度が高い製品を「サステナビリティ貢献製品」として登録する独自の認定制度があります。この制度では、社内基準をもとに充足性を判断し、登録を行いますが、認定基準や登録に関しては、社外有識者からもご意見をいただき、制度の信頼性と透明性、貢献度の高さを担保できるようにしています。
前身の「環境貢献製品」制度は、2006年に始まりましたが、名称の通り、自然環境の課題解決につながる製品が対象でした。2017年には自然環境に加えて社会環境を対象とし、地球と社会のサステナビリティに貢献する製品を登録する制度に進化させています。折しも2015年にSDGsが国連で採択されましたが、17のゴールにある課題は、いずれも当社が解決すべきと考えている課題とめざすゴールは一致しています。
2020年には、さらに社会課題解決への貢献を持続可能なものとするため、利益創出力や持続経営力向上に対しても有効な製品制度とするよう、運用面を進化させ、名称を「サステナビリティ貢献製品」制度にあらためました。自然環境や社会環境の課題解決と事業の収益性とをリンクさせ、その向上をめざすための施策として戦略枠“プレミアム枠”を設定し、ガバナンスやサプライチェーンなど持続性向上のために必要な項目を確認する持続性評価も始動しました。
ーー現在サステナビリティ貢献製品はどれくらいのボリュームでしょうか?
三浦さん:サステナビリティ貢献製品の比率は、売上高だと2021年でおよそ7,724億円、全社売上高の約67%に相当します。2017年に50%を超えてから、順調に比率も伸びてきています。
代表的なサステナビリティ貢献製品を2つ挙げますと、まず1つ目のZEH仕様住宅は、家庭で消費するエネルギーよりも生み出すエネルギーが上回る住宅を指します。セキスイハイムでは、高気密高断熱と太陽光発電、蓄電池、スマートハイムナビ(HEMS:住宅エネルギー管理システム)の搭載により、2021年度の新築戸建住宅のうち、82%が最高ランクのZEHを達成しています。
2つ目は遮熱機能に優れた合わせガラス用中間膜です。これは自動車のフロントガラスなどに使用されており、ガラスの遮熱性能を高めることでエアコンの効きを良くする他、ガラスを薄くできるため軽量化にもつながり、車の燃費向上に貢献します。さらなる安全性向上の社会課題解決に貢献可能なくさび形中間膜への展開など、今後も複数課題の解決や、貢献度の向上に向けてイノベーションを検討していきます。
ーーサステナビリティ貢献製品の創出や拡大をおこなっていくために、どのような取り組みをされていますか?
野澤さん:サステナビリティ貢献製品の創出や市場拡大を行ってくためには、製品の企画・開発・製造、それらを支えるスタッフをはじめ全従業員が、社会課題を認識し、その解決のために自ら考えて行動できるようになることが重要です。当社ではこれを社会課題解決貢献力と呼んでおり、この力を磨くために、知識と行動のレベル向上を目指す教育プログラムを実施しています。
各従業員が、知識と行動によって、社会課題解決力を身につけていけば、その集合体となる企業の社会課題解決力のあるサステナビリティ貢献製品が増え、収益の拡大にもつながっていきます。
具体的には、知識であれば、まずは会社のビジョンやESG経営等についての解説から始まり、SDGsとはどのようなものなのかという基礎的なところを学んでいきます。行動は、現業を通じた社会課題を考えたり、地域で行われている社会貢献活動やSDGs貢献活動への参加を通じて、社会課題の気づきや理解を深めていくことを狙いとしています。
三浦さん:SDGs貢献活動は、“環境”、“次世代”、“地域コミュニティ”を主要3分野として、事業所ごとに実施している活動ですが、2021年から始動しています。
以前から地域コミュニティやNPOなどと一緒にさまざまな社会貢献、環境保全活動は行っていましたので、それらの活動は継続しています。
ただ今後はごみを拾う、植林を行う活動を実践する際に、SDGsのゴールを紐付けて、どんな社会課題解決のためにその活動を実施しているのかを推進者が考え、実践することを推奨しています。そのことによって社会課題に対する解決やその他の気づきが得られる、課題解決に対する貢献レベルが向上できる、などのメリットがあると考えています。これをわれわれはSDGs貢献活動としてグローバルで推進しています。
例えば、植林する活動でも、それがCO2削減を主な目的にするなら、CO2を多く吸収する木々を多く植えることが求められます。一方で、植林という活動を通じて、地域コミュニティとの連携や親睦を深めることが目的なら、植林の後に一緒に食事をしたり、アミューズメントを楽しむなどの時間があった方がいいのかもしれません。次世代の教育を重視するなら、活動の前後に、学習の時間を入れることも考えられます。
目的が明確になると、その先の手段が変わってきて、チャレンジする内容が変わり、自ずと結果も変わってくると考えています。
――知識を養う教育プログラムでは、どのようなことに力を入れておられますか?
三浦さん:教育プログラムの研修は、eラーニングであったり、コロナ禍ということもあってオンラインで社外の有識者の方にお話しをしていただくなど、さまざまな研修を行っていますが、当社の特徴的な研修として、製品のライフサイクルで課題解決を考えるワークショップなども行っています。
野澤さん:製品のライフサイクルを通じて、さまざまな場面で環境や社会に貢献することが重要だと理解してもらうためのワークショップです。
当社はメーカーなので製造というところにスポットを当てがちですが、ものづくりは原料調達から始まり、製造、輸送、販売、使用、廃棄といったそれぞれの局面で、環境や社会に対してできることがあるはずです。
そのことを理解してもらった上で、実際の製品を例にあげて、この製品をさらにサステナブルなものにするために、各プロセスで何ができるかをワークショップ形式で考えてもらっています。
次世代教育にも力を入れており、ほかの企業とも連携し、子どもたちに授業やワークショップを行っています。たとえば、全国の高校生を対象にした場としては「SB Student Ambassador」などがあります。
ワークショップでは「製品の一生における課題解決への貢献」というテーマで、原材料の調達、製造、輸送、販売、使用、廃棄という各段階で、気候変動の課題解決に貢献する方法などをディスカッションし、発表してもらっています。従業員教育とは違って、「あなたが考える未来のサステナブルな製品は?」と仮想の製品を設定して考えてもらうので、発想が広がって、いろんなアイデアが出てきます。
ーー最近の学生さんにはどのような変化を感じますか?
三浦さん:我々が参加している先のイベントは、土日に開催されます。休みの日にわざわざ時間を割いてやってくる学生さんはやはり意識が高いです。SDGsに関して、知識ゼロでくるというより、むしろ自分達で色々と調べた上で、企業ではどのような取り組みをしているかと聞かれることもあります。
野澤さん:人事部から聞いたところによると、採用面接の時に「御社はSDGsについてどのような方針で取り組んでいるのか」といった質問を受けることもあるそうです。サステナビリティについて意識が高い学生が増えてきているという印象はあります。
ーーサーキュラーエコノミーを実現する革新的な資源循環システムの実用化に取り組まれているそうですが。
三浦さん:可燃ごみから微生物の力でエタノールを生成する技術を開発し、社会実装に向けて取り組みを進めています。他の企業とも連携し、生成したエタノールをプラスチック原料に戻し、プラスチック製品へと循環できるような取り組みも進めています。
燃やせるごみであれば、分別することなくほとんどのものが対象になります。収集されたごみを酸素濃度の低い状態で燻燃させてガス化し、特殊な微生物の作用によってガスをエタノールに変換する生産技術(以下、「BR(Bio Refinery)エタノール技術」)です。
エタノールは、エチレンさらにはプラスチック(ポリオレフィン)に変換することができるため、役割を終えたプラスチックを回収し、それをエタノールに変えて新たにプラスチック製品を再生することが可能になります。
現在は、岩手県久慈市で自治体の協力を得ながら1/10スケールのBRエタノール技術実証プラントを稼働させており、2025年に社会実装することを目標に開発を進めているところです。
ただ、このような循環システムは当社の中だけで完結できるものではありません。幅広いステークホルダーの方々(企業、自治体、消費者、官公庁など)とパートナーシップを組み、共同で進めていくことが必要です。そこで、「UNISONTM」という新ブランドを立ち上げ、発信力を強化し、さまざまな分野で持続可能な社会への共感創造を広く進めていきたいと考えています。
――最後に、これからSDGsやサステナビリティな活動を行う人たちにアドバイスをお願いします。
三浦さん:従業員のワークショップのところでもお話ししたことと近いかもしれませんが、自分の仕事や暮らしの中で、どんな課題意識を持っているのか、その課題をどうしたいのかを整理することから始めてみるのもいいかもしれません。
もし、課題が見当たらないのなら、仕事や自分の普段の行動がSDGsとどう結びついているか、一番身近なところから考えてみるのもいいと思います。
野澤さん:普段からSDGsとリンクさせて考えられるようになってくると、新たな課題が見つけやすくなると思います。
また、課題同士の関連性も具体的な事象で考えるとよくわかってきて、トレードオフの考え方ではなく、複数の課題を解決できるような思考をもつことができてくるように思います。
まずは、身近なところを見渡して、難しく考えずにSDGsと紐付けてみることからはじめて、一歩ずつ進まれてみてはいかがでしょうか。
<取材を終えて>
積水化学工業の2022年のサステナビリティレポートは、なんと314ページ。レポート自体は読み物ではなく、データブックとして編纂されているそうです。ここに企業のサステナビリティに関する活動の全てが開示されていると言ってもいいものです。
私を含む一般の人にこれだけの情報が必要かどうかは別にして、見えないもの、曖昧なものごとを見える化することの重要性がここにあるのだと思います。
ビジョンを明確にし、そこにたどり着くプロセスを丁寧に描き、そのために必要な枠組みを作り、その中で従業員が最大限に能力を発揮できるような環境が整えられ、PDCAを回し進化させる。
これだけ膨大なものごとを明文化し、図式で表す労力は、想像を超えるものがありますが、先の見えない不確実な時代のなかでは、一層重要になっていることの表れでもあるように思います。
こうした難しい話を、三浦さんと野澤さんには、わかりやすい言葉で丁寧に解説していただきました。情報を公開することの重要性と同時に、難しい内容をいかにわかりやすく伝えるかも大切であることを確認できたと思っています。
オンライン取材が続く中で、今回は対面での取材にご対応いただきました積水化学工業の三浦さん、野澤さんに感謝いたします。ありがとうございました。