「サステナブル」。この言葉を16年前に理解していた人は、環境問題にかなり精通した人ではないだろうか。当時、多くの人がこの言葉すら聞いたことがなかった2005年、「サステナブル・ビジョン」を立ち上げたのが積水ハウス株式会社だ。2015年にSDGsが国連で採択される10年も前に、どうしてこのような思想を打ち立てることができたのか。そして16年経った今、ビジョンがどのように発展し深化しているのか、ESG経営推進本部 部長 小谷さん、環境推進部長 近田さんにお話をお伺いした。
ESGは経営基盤であり、SDGsはその先にある世界共通目標。
―――ESG(E:環境 S:社会・G:ガバナンス)という投資の観点から生まれた概念を経営基盤とする積水ハウスにとって、SDGsはどのように位置づけられているのだろうか。
小谷さん:現在は、ネットやニュースでも「サステナブル」の文字を見ないことがないほど一般的になりましたが、多くの人にとって馴染みのなかった2005年に当社は「サステナブル・ビジョン」宣言をしました。そのときに「住まい手価値」「環境価値」「社会価値」「経済価値」の4つの価値を軸に13の指針を策定し、今でもこの概念が活動のベースになっています。
弊社にとって、この4つの価値と13の指針の先にSDGsがあり、紐づけていくと、13のゴールに寄与できることがわかりました。我々が16年前から取り組んできた「サステナブル・ビジョン」は、SDGsと方向を同じくしているのではないかと思います。
―――時代を先取りしたともいえるこのようなビジョンと行動指針は、どのような背景からもたらされるのだろうか。
近田さん:弊社の「持続可能性」を軸に据えた活動の原点は、1999年に発表した「環境未来計画」です。「環境は未来からの借り物であり、きれいにして返す」という考えで、当社の事業が環境に及ぼす影響を洗い出し、具体的な改善指針を策定したもので、それまで各部署や各個人で行っていた省エネなどに対する研究や取り組みを全社で取りまとめた新たな動きでした。その2年前の1997年には地球温暖化防止京都会議(COP3)があり、省エネ住宅の普及により温暖化防止に貢献することを目標としたのもこの時でした。
全社員のベクトルをサステナブルな社会の実現に合わせた「サステナブル・ビジョン」宣言をした2005年は、京都議定書(※)が発効されています。さらに、2008年、住宅のライフサイクル全体においてCO2をゼロにする「2050年ビジョン」を発表しましたが、この年は北海道洞爺湖サミット(地球温暖化対策を含めた環境間題が主要テーマの一つ)が行われています。
振り返ると次代の潮流を生み出す動きに敏感に呼応しているということはいえるのではないかと思います。
小谷さん:私は1996年から省エネ住宅の開発に携わっていました。その頃から省エネ基準があって、断熱性能や気密性能をあげようという動きはあり、環境についての重要性は感じていました。あわせて、当社の根本哲学である「人間愛」をもとに、お客様一人一人の声に丁寧に答えていくなかで、環境に配慮した商品開発の道へ進んだことは、自然な流れであったともいえます。
―――環境への取り組みが一段と進んだきっかけはどこにあったのか。
近田さん:2008年の洞爺湖サミットは、地球温暖化対策が主要テーマのひとつだったため、サミットの会場に隣接する場所に、日本の最先端エネルギー・環境技術を結集した近未来住宅「ゼロエミッションハウス」を建てたのですが、当社はその建設に協力しました。
この建物は、CO2排出ゼロと建築廃棄物ゼロをうたったものでした。CO2排出ゼロは、住宅の建設から生活時、解体にいたるまでのライフサイクル全体のCO2排出量を太陽光などの自然エネルギー発電によるCO2削減量で相殺し、実質ゼロにするというもの。建築廃棄物については、単純焼却、埋め立て処分をゼロにして、再資源化を促進するものです。
これで感じたことは、当時の技術でも住宅のCO2排出ゼロ化はできるという確信でした。それをもとに、同年に2050年ビジョン「脱炭素宣言」を行いました。住宅の脱炭素は技術的にはクリアできる。あとは、社会的な仕組みや設備機器のコストダウンが実現できれば、将来的に住宅は家庭部門だけでなく、他の産業部門のCO2排出削減にも貢献できるのではないかと考えていました。
翌年の2009年には本格的な脱炭素ブランド「グリーンファースト」を発売しました。住まいのCO2排出量を50%以上削減するというものです。それまでは、高断熱や太陽光発電システムなど、省エネ技術を組み合わせること自体をアピールしていましたが、このブランドからは、その結果として地球温暖化にどれ程貢献できるかを訴求ポイントとして発売したのです。当然コストはアップします。営業からは「こんな高い商品を販売できない」という声もありました。
しかし、ここがひとつの転機でもありました。これからは住宅を価格で販売するのではなく、住宅の価値を販売するのだと。快適性、健康、安全・安心の配慮のほか、未来志向の環境性能を備えていることをお伝えして、納得してご購入いただくという現在に続く営業の形ができるきっかっけになりました。
お客様に商品を納得していただくためには、社員が商品のことだけでなく、環境問題やエネルギー事情など背景にあることを理解しながら、それがお客様にどう関係しているかまでを説明できるようになる必要がありました。このために一生懸命に勉強しましたが、これにより、良い住宅を販売することが世の中を良くすることにつながるという理解が社内に浸透したと思います。このため、2015年に国連で採択されたSDGsが目指すゴールは、当社にとって非常に納得感のあるものでした。
小谷さん:政府が「2020年までに標準的な新築住宅でZEH(ゼッチ:ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス=省エネと創エネで年間の一次エネルギー消費量の収支ゼロを目指す住宅)の実現を目指す」という目標を示したのを受けて、2013年に「グリーンファースト」をZEHレベルに進化させた「グリーンファースト ゼロ」の販売を開始しました。お客様にZEHの価値を訴求し続けた結果、2019年度の当社の販売した新築戸建住宅のZEH比率は87%に達しています。ただし、国全体では13%程度にとどまっています。
近田さん:ZEH等の環境に貢献する住宅には、国等から補助金が出ます。もちろん導入促進にはなりますが、期間限定で予算にも限りがあるため、補助金にだけ頼っているのでは普及は限定的です。補助金は最大限に活用しながら、併せてZEHの価値を広く国民に訴求していく活動も不可欠です。ここは国も率先して取り組まれていますが、私たち住宅供給者側の責務でもあると考えています。価値を単に訴求するだけでなく、敷地形状やご予算などの様々な制約条件がある中でも、できるだけZEHとできる様な技術開発やコストダウンにも取り組んでいます。地道なこともたくさんやっていますが、これが、持続可能な社会づくりに繋がっていくのだと考えています。
―――住宅を価格で売るよりも住宅の価値を売ることのほうが、販売という点で難易度は遥かに高くなる。それをクリアするには、社員がサステナブルの本質を理解し、商品だけでなく環境問題や社会課題などさまざまな知識を深めるとともに、自身の意識をどこまで高められるかにかかってくるように思う。全社員に知識や経営思想を浸透させていくことは簡単なことではない。ましてやグループ企業をあわせて約27,000人の企業ではなおさらだ。積水ハウスでは、一体どんな取り組みをされているのだろうか。
小谷さん:ESG経営に関して、2005年から毎年「サステナビリティ・レポート」と言う冊子やWEBを発行しています。冊子は全従業員に配布しており、自社のESG経営への理解を深めるのに大きな役割をはたしています。事業所全従業員で理解を深めるために、毎朝朝礼で読み合わせをしたり、ESG経営推進本部が講師をする研修を開催する場合もあります。
さらに理解を促すために、昨年からは「ESG対話」も始めています。昨年かかげたグローバルビジョンは“「わが家」を世界一 幸せな場所にする”ですが、従業員にとっての「わが家」は会社です。職場や従業員、自分にとっての幸せを考え、お客様やステークホルダー、社会の幸せを事業を通じてどのようにつくるのかを、ファシリテーター1人につき4〜5人が1チームで対話を行っています。大切にしていることは、それぞれ自分の内面から出てくる言葉です。自分に向き合い、他人の言葉から気づきを得ることで、幸せの先にある、ESG経営について各従業員が自分ごととして考えることが重要です。昨年は弊社全部署の支店長や幹部がESG対話を体験しました。次に今年は中堅層への展開とグループ企業の幹部対話へと対象を広げて展開しています。
近田さん:サステナビリティ・レポートは、企業のビジョンを理解する上でなくてはならないものですが、ESG対話の自分で考えて言葉にするプロセスがとても大切です。これは「会社ごと」を「自分ごと」に置き換える作業です。日々の仕事や社会の流れを整理し、当社の取組みを自分なりの考えで組み立てていくことで自分ごとになっていきます。レポートを読んで頭に詰め込んだところで、腹に落ちていなければ、軸が定まりません。自分で考えること、仲間から気づきを得ることに価値があるので、ESG対話を重視しています。
小谷さん:SDGsの社内周知、知識向上という点でも、2018年からさまざまな取り組みを行ってきました。国連グローバル・コンパクトに経営トップが署名を行った後、SDGsを理解するために、まずは経営層からSDGsカードゲーム(2030 SDGs)を実施しました。私もこのゲームのファシリテーターの資格を持つ一人ですが、有資格者のもとカードゲームを行うことで、SDGsの理解が深まります。
また、SDGsショートムービーを作成しeラーニングでの学習機会に全従業員が視聴しました。更に、SDGsの勉強会を全国で実施し、SDGsを学習した上で参加者にSDGsのバッジを配布しています。
サステナビリティ・レポートには、ESG経営のそれぞれの価値や指針に紐づくSDGsのゴールも一覧で掲載。自分たちの業務がどのゴールの達成につながるのかを確認しながらそれぞれの社員が活動できるようにしています。
―――ESG経営を基盤とする積水ハウスは、環境問題だけでなく、社会的な活動にも積極的だ。女性活躍や多様な人材の活動支援など、ダイバーシティを推進することで「大阪市女性活躍リーディングカンパニー市長表彰」を受賞したほか、健康、長寿、働き方改革などにおいても、独自の取り組みを展開している。そのなかでも、他社に先駆けて取り組む先進的な事例について聞いてみた。
小谷さん:当社は昨年“「わが家」を世界一 幸せな場所にする”というグローバルビジョンを掲げましたが、幸せを「健康」「つながり」「学び」に因数分解して住宅に取り入れることで幸せづくりをアシストしていきます。最初に取り組んだのは、世界初「急性疾患早期対応ネットワーク HED-Net」の構築です。住まいに張り巡らせた「非接触センサー」で在宅時の体調をセンシングし、異常を検知すると通報から救急隊の受け入れまでを一貫してサポートする安否確認・早期対応システムを開発しました。脳卒中などの「急性疾患」にいち早く対応できるようにすることで、オーナー様の健康はもちろん、医療費や介護費など社会コストの削減にも貢献できると考えています。
また、働く社員にとって「わが社を世界一 幸せな場所にする」ために、仕事と育児の両立にも積極的に取り組んでいます。その取り組みの一つが、男性社員が1ヶ月以上育児休業がとれるイクメン休業制度です。2018年の開始以来700名以上の男性がこの制度を利用し、取得率は100%となっています。今年(2021年)の4月からは産後ウツ対策など母親をより柔軟にサポートできるよう、子どもが生まれて8週間はより取得しやすいよう制度改定し、積極的に取得することも推奨していきます。
もうひとつ“「わが家」を世界一 幸せな場所にする”新たな取り組みとして、まず「従業員の幸せ」を追求することが必要であると考え、昨年、グループ会社全従業員約 27,000 人を対象に「幸せ度調査」を 実施しました。幸福経営学の第一人者である慶應義塾大学大学院の前野教授の監修のもと、従業員一人ひとりの幸せを追求していくための具体策につなげることを目的としています。従業員の幸せと職場の幸せの相関を分析する調査は、日本企業で初めての取り組みです。
―――SDGsの重要なゴールのひとつにパートナーシップがあげられる。一瞬のうちに世界に広がった新型コロナウイルスによるパンデミックは、国際社会がいかに密接に絡み合っているかを改めて浮き彫りにする出来事になった。それは、企業や団体が世界的視野で連携して新たなイノベーションを起こすための土壌があることを意味するものでもある。住宅建築業界のリーディングカンパニーである積水ハウスでは、パートナーシップをどのように捉えられているのだろうか。具体的な事例をあげて説明していただいた。
近田さん:これからは様々な分野とのパートナーシップが必要不可欠だと考えています。脱炭素の取り組みは、販売する住宅の省エネ化だけにとどまりません。工場やオフィスなど事業活動の消費エネルギー、そして住宅建材のサプライヤーの製造・輸送や解体後のリサイクルなどバリューチェーンにも及びます。
販売する住宅については、ZEHの販売率が90%近くまでになり、脱炭素に向けて順調に推進できています。
事業活動の消費電力についは2017年、国際イニシアチブRE100(大企業を対象として、事業で消費する電力を100%再生可能エネルギーで調達することを目標に掲げる)に加盟し、2040年までに事業用電力を100%再生可能エネルギーにすることを宣言しました。その実現のために「積水ハウスオーナーでんき」を開始。2019年11月から、FIT制度(太陽光発電の固定価格買取制度)の買取期間を満了されたオーナー様の余剰電力を買取、当社の事業用電力として利用し始めました。当社はZEHの普及をはじめ、多くの太陽光発電システムをオーナー様の屋根等に搭載してきたことで、その余剰電力の買取が進めば、事業活動で消費する電力を100%再生可能エネルギー化できます。予想以上の多くのお客様にご協力いただいており、今のペースでいけば10年前倒しの2030年頃にRE100を達成できそうです。このビジネスモデルは、太陽光発電システムをお持ちのオーナー様と当社とのパートナーシップなくしては実現できないものであり、その重要性を強く感じるものです。
最も難易度が高いのが、私どもが直接オペレーションできない住宅建材サプライヤーの資材調達〜製造〜輸送の脱炭素化です。海外の企業では、脱炭素化していないサプライヤーと取引を解消してしまうところもありますが、当社は「人間愛」が根本哲学でもありますので、いきなりそのような判断をするのではなく、できるだけ一緒に前に進めるようにサプライヤー企業に協力を呼びかける形で取り組みをはじめています。こうしてバリューチェーン全体での脱炭素化を着実に進めています。
脱炭素化の取組みは、1社でできることは限られてきます。いかに人間愛を持ってそれぞれのパートナーとともに協力して進めていけるかが重要になってくると思います。
小谷さん:業界を超えたパートナーシップとしては「Trip Base 道の駅プロジェクト」をスタートしています。地方創生が目的のこの事業は「未知なるニッポンをクエストしよう」をコンセプトに、自治体と共同で「道の駅」を拠点に地域を活性化していく取り組みです。道の駅に隣接もしくは近接するホテルは宿泊に特化し、レストランや大浴場、おみやげなどのショッピングは、道の駅やその周辺地域でしていただいて、地域に滞在する時間を楽しんでもらうというものです。あらゆるものが満たされた観光地では味わえない、その地域ならではの知られざる魅力を渡り歩く新たな旅のスタイルを提案しています。
ホテルの建設は当社が、管理・運営はマリオット・インターナショナルが行い、自治体や地元の業者さんともパートナーシップを組んで、その地域の活性化につなげていきます。
―――最後に、これからの住宅の展望について聞いてみた。
近田さん:現在はZEHのように個々の住宅のゼロエネ化を目指していますが、住宅のポテンシャルはもっとあると思っています。将来的には個々の住宅で消費電力以上の電力を発電し、それを街に供給するという個人が発電事業者となる可能性はあると思います。再生可能エネルギー需要はこれからますます高まっていきます。日本の住宅の屋根はまだまだ空いているので、太陽光発電システムを搭載して余剰電力を集約していけば、大きな電力が確保でき、他の産業分野のCO2削減にも活用できる可能性もあります。
また、2035年までに純エンジン車の新車販売が禁止になります。マイカーはEV車(電気自動車)やプラグインハイブリッド車等に置き換わっていきますが、当面の間、充電は化石燃料ベースの電気になりそうです。その電気を住宅の太陽光発電で充電すれば、マイカーのCO2ゼロ化を早期に実現できます。
このように住宅がサステナブルな社会づくりに関われることは、まだまだあると考えています。
小谷さん:SDGsの取り組みでは、子どもたちに住宅からSDGsを学んでいただくことを始めています。現在は小学校でもSDGsの授業を行っており、子どもたちのSDGsへの関心は高まっています。一方で、17のゴール自体が抽象的で、人生経験をこれから積む子どもたちにとっては、想像が及ばないこともあります。住宅には、脱炭素・耐震・健康・生活様式など、さまざまな社会課題のエッセンスが組み込まれていますし、子どもたちにとっても身近なものです。そうしたことから、当社夢工場や住宅展示場などをSDGsの学びの場とにしようと、2019年文部科学省が中心で始めた小学校プログラミング教育の充実を図る取組(みらプロ)への参加や、大阪府と包括連携協定を結んで子どもたちへの勉強の機会づくりを始めています。今後、当社の各拠点から各地域社会や自治体と連携をすすめ、全国にSDGsの学びの場を増やし、未来を担う子どもたちにも喜ばれる幸せを創造する住宅メーカーを目指していきたいと考えています。
<取材を終えて>
住宅は一生で一番高い買い物だといわれるが、それゆえ価格勝負のメーカーや工務店も多い。そのなかにあって、価格で売るのではなく、いいものをきちんと丁寧に説明して販売することに徹する積水ハウス。それは小手先の知識や経験で、できるはずもない。
確かなビジョンのもと、自分たちの幸せがお客さまや社会、未来の幸せにどのようにつながっていくのかを社員それぞれが自分の言葉で考えて行動する。それは、幸せの本質を捉えた本物を目指す姿にも見える。
幸せをビジネスにーーー
サステナブルの本質はここにあるのかもしれない。