こんにちは。ATC環境アドバイザーの立山裕二です。これまでエコプラザカレッジの講師として、また環境ビジネス情報の記事などを執筆させていただいておりました。
今回は、前号に引き続きSDGsの重要な課題でもある「気候変動(地球温暖化)」について書かせていただきます。
■石油が枯渇すると温暖化が止まる?
よく次のような質問をいただきます。
「地球温暖化の原因である二酸化炭素は、石油を燃やすことで発生する。だから石油が枯渇したら、二酸化炭素が出なくなり温暖化が止まる」。 このようなことを聞いたことがありますが、ホントですか?
この場合、おそらく石炭も含めて便宜的に「石油」と表現しているのだと思います。確かに石油が枯渇すると、(石油の)燃焼による二酸化炭 素の発生はなくなるでしょう。
しかし石油を燃やすと、二酸化炭素だけでなくエアロゾル(硫酸ミスト=霧状の硫酸など)も同時に発生します。
これは、太陽光を反射するので地球を冷やす作用(ちょっと難しい表現ですが「負の放射強制力」と言います)があります。
石油がなくなると二酸化炭素の発生がなくなりますが、エアロゾルの発生もなくなるのです。 しかも二酸化炭素の大気中の寿命は数百年、エアロゾルの寿命は1年程度です。
つまり、石油がなくなるとあっと言う間に冷やす作用がなくなり、二酸化炭素など温室効果ガスの作用が前面に出てきます。森林伐採に伴う二酸化炭素の吸収能力が小さくなっていることと、大気中における寿命の違いを考慮すると、「石油が枯渇するとしばらくは温暖化がかえって進行する」ことがあり得るのではないでしょうか。
また石油の枯渇に至る前に、メタンハイドレートを使い始める可能性があり、これに関するリスクが出てきます。
この辺りの因果関係は複雑なので、「だから温暖化が進む」とは言い切れませんが、その可能性とリスクは考慮しておいた方がいいのではないかと思います。やはり温室効果ガスは直ちに、しかも大幅に削減しなければならないのです。
■「南極の氷が溶けている」という話がありますが、 実際に溶けているのでしょうか? また溶ける(解ける)と何が起こるのでしょうか?
地球温暖化が起こると海の水位が上がるとか、上がらないとか、いや下がるとか、また「一気に何メートルも水位が上がるとか」・・・・いろんな情報が飛び交っていますね。正直、頭が混乱して何が何だか分からなくなった、と言うのが実感という人も増えています。
南極の気温はマイナス50℃くらいだから、少しくらい温度が上がっても氷は溶けない?
南極大陸の降雪が増え、氷がむしろ増えるので海面は低下する?
そのような方の気持ちは分かります。
おそらく、ベストセラーになった環境本に影響されているのではないかと思います。
次のような表現です。
南極大陸は平均してマイナス50度という非常に低い温度なので、 平均気温が1度ぐらい上がっても零度以下の場所が南極大陸全体に広がっている。南極大陸の周りの気温が上がり、海水温が上がれば水蒸気の量が増える。もし風が海から大陸の方に吹いていたら、この増えた水蒸気は雪や氷となって南極大陸につもるだろう。
「南極の気温が上昇している」。「いや、観測によるとむしろ低下している」。実際、こんな議論も行われています。
さて南極の気温と聞いて、どこの気温を想像しますか?
海岸付近ですか?・・・・そうすると海抜0m近辺ですね。では南極点ですか?
まずは南極の断面(図表)をご覧ください。
【図表1:南極の断面図(環境省のホームページより)】
南極は平均2450mの氷で覆われていて、南極点は標高2800mの地点です。「南極の気温はマイナス50℃」というのは、富士山の平均気温(マイナス6.4℃)を取り上げて「日本の気温はマイナス6.4℃」と言っているようなものなのです。 実際、図表のように南極の気温は場所によって大幅に異なります。
【図表2:南極の気温(環境省のホームページより)】
【図表3:南極の基地(環境省のホームページを一部修正)】
・みずほ基地(標高2230m)と昭和基地(標高29.18m)との間でさえ270㎞も離れている(東京と日本アルプス間に相当) 。パーマー基地や昭和基地の夏季の気温は0℃を超えることもある。
例えば、みずほ基地と昭和基地とでは大きく気温が異なります。2つの基地はかなり近くにあるように見えますが、実は270㎞くらい離れています。
東京と富士山でも100㎞くらい、270㎞だと北アルプスを越えてしまうような距離です。しかも、昭和基地とみずほ基地の標高は、それぞれ29.18m、2230mであり2200mも違うのです。
南極を語る場合は、大陸の面積が日本36倍もあることと、場所によっては富士山よりも厚い氷に覆われている(4000m)ことを意識しておく必要があります。
話を元に戻しましょう。 実は、マイナス50度というのは南極大陸全体の平均気温ではなく、 南極点の平均気温なのです。 図表3から明らかなように、昭和基地やパーマー基地では夏の気温が0℃前後になっています。しかもこの値は平均気温ですから、0℃を上回る日もかなりあると考えられます。とすると、わずかな気温上昇が雪を雨に変えてしまう可能性があり、氷床(分厚い氷の固まり)の不安定さが増すことが考えられます。
もともと南極大陸の上に乗っている氷の底は、氷床それ自体の重さによって溶けています。つまり岩盤に固定されているのではなく、滑っているのです。それが氷河となって大陸から海に向かって行くわけですが、 最近その氷河の流れが速くなっているという報告があります。その大きな理由が、大陸周辺部での海水温の上昇といわれています。 現在、南極で最も氷床の状態が不安定なのは南極半島付近(西南極)といわれていますが、その先端部にあるパーマー基地の気温がかなり高いことが気になるところです。
コラム:南極の風向は?・・・・カタバ風について
このコラムは質問に対する応えではなく、本書著者である立山が持っている疑問です。読者の方で詳しい方がおられましたら、ぜひとも教えていただけないでしょうか。
次のような見解があります。 南極大陸の周りの気温が上がり、海水温が上がれば水蒸気の量が増える。もし風が海から大陸の方に吹いていたら、この増えた水蒸気は雪や氷となって南極大陸につもるだろう。 ここで素朴な疑問です。
風が海から大陸に吹くことはあるのだろうか、ということです。 海陸周辺の海水温が上がればそこで上昇気流が生じ、海側が低気圧になるはずです。一方、大陸側は氷で冷えているので高気圧となります。すると、大陸から海に向かっての風が吹くはずです。つまり「陸風」ですね。 そして忘れてはならないのが「カタバ風」という南極特有の強風の存在です。
南極大陸では、雪氷面の温度が極めて低いのでその付近の空気が冷やされて重くなります。南極大陸を覆う氷床は内陸部が厚く、周辺が薄いので、標高の高い内陸から海岸に向かって冷たくて重たい空気が滑り降りてきます。この下降してくる空気の流れをカタバ風と言います。そのために、南極大陸の風向きはほとんど変わらないのです。
これについては、佐藤薫氏が「南極昭和基地の気象」という論文で次のように説明しています(2004日本気象学会)。
地上風の風向がほとんど変わらないというのは、昭和基地に限らず、南極内陸部、沿岸部で共通する特徴。内陸部観測点である南極点での方向一定性は79%、ボストーク基地では81%、みずほ基地では96%、沿岸部のモーソン基地では93 %、ハレー基地では59%である(King and Turner,1997)。これは、南極のカタバ風が大陸規模の現象だからである。
このことを考えると、確かに海水温が上がると水蒸気が増え降雪が増えるでしょうが、それは大陸というよりも周辺の海上部にではないでしょうか。 そして雪が比重の大きい海水(塩水)の上に淡水層を作り、それが氷結する可能性があります(淡水は塩水よりも凍りやすい)。だとしたら、南氷洋で氷の面積が増えたように見えるのは当然です。
しかし、周辺の水温が上昇していくと、氷結しなくなる可能性があるように思います。
以上のことから少なくとも私には、南極周辺の海水温が上がって 大陸内部の雪(氷)を増やすとは思えないのです。
ただし、南極半島西部ではここ数十年、降雪量が増えているそうです。パーマー基地の周辺では降雪量が増えているという報告があります。パーマー基地は図表3からも分かるように西南極の端の方にあります。カタバ風の直接影響を受けにくく、温度上昇によって低圧域(低気圧)となりやすい場所にあります。 従って、このことを理由に「温暖化すると南極の氷が増えることを結論づけることはできない」と思います。
◆IPCCの見解は? このことについて、IPCCは「地球温暖化第四次レポート」の中で次のように予測しています。
現在の全球モデルを用いた研究によれば、南極の氷床は十分に低温で、広範囲にわたる表面の融解は起こらず、むしろ降雪が増加するためその質量は増加すると予測される。しかしながら、力学的な氷の流出が氷の質量収支において支配的であるならば、氷床質量が純減する可能性がある。
この見解が正しければ、私の心配は杞憂と言えます。ただこれだけでは「氷床のどの部分で降雪が増えるのか」が不明です。もし、氷床の端の方、つまり棚氷で降雪が増えるとすると、氷床のたなごおりが崩れる可能性があります。 上文の後半にある「しかしながら・・・・」というのは、その可能性も示唆していると思うのですが、果たしてどうなのでしょうか。
◆ただの邪推だといいのですが・・・・ ここからはまったくの推測(邪推)です。素人判断は危険だとは思いますが、むしろ誤りを指摘していただくために、あえて私見を述べさせていただきます。
再びカタバ風に戻ります。吹き降りてくるカタバ風を補充する大気の流れ(補償流)が起こりますが、この空気に含まれている水蒸気は海上に降る雪に使われ、かなり減少していると思われます。その結果、ただでさえ湿度の低い大陸中央部の乾燥化が進みます。この乾燥した空気がカタバ風となって海上にまで吹き降りてくると、断熱圧縮によって気温が上がることはないのでしょうか。
そうなれば、ますます南極周辺部の気温や海水温が上昇し、悪循環(ポジティブ・フィードバックといいます)に入っていくことが懸念されます。 かなり長く、理屈っぽいコラムになってしまいました。もし専門家の方がおられましたら、私の疑問を解決していただけませんか。 心からお持ちしています。
次回も引き続き、「気候変動(地球温暖化)」について、北極話を中心に見て行くことにします。
コラム著者