同志社大学名誉教授・おおさかATCグリーンエコプラザ顧問の郡嶌 孝氏による特別コラムの第7回を配信いたします。
世界中で、国のレベルから地方自治体レベルまで、「気候変動非常事態宣言」が相次いでいる。もはや、「気候変動」ではなく、「気候危機」であり、「気候非常事態」である。しかし、その危機意識は、残念ながら、我が国では鈍い。COP25での日本政府の対応に対して世界は冷ややかであった。残念ながら、COP26での日本のリーダーシップは今回も期待できそうもない。COP26の延期は日本政府にはむしろ幸いしたかも知れない。
さらに、「海洋プラスチック問題」への関心に比べて、「気候変動問題」の深刻さへの関心は今ひとつ。その理由として、プラスチック問題が、英国BBC放送のドキュメンタリー番組「ブループラネットII」で「見える化=可視化=映像化」(ナレーションを担当したD・アテンボロー卿の名を取って「アッテンボロー効果」と呼ばれる)され、瞬く間にSNSで拡散された。これに対して、温暖化現象は、その影響が極めて抽象的で、深刻な影響が現れるのは次世代か次々世代からであり、当面の差し迫った問題という意識を欠如させてしまうことである。だから、グレタ・トゥーンベリは、次世代を代表して、「火事になっているのに、まだ議論をしているのですか」と批判する。
プラスチック問題は確かに問題である。しかし、より深刻なより取り組むべき優先順位の高い「気候変動問題」を色あせた問題としてしまったという問題提起がR・スタッフォード等からなされている。最近の欧米の論調を見ても、プラスチック問題は、コロナの影響もあって、確かに問題だが、過剰に強調されているのではないか、より深刻な気候変動問題や生物多様性問題が霞んでしまっているという指摘がなされている。
さらに、「海洋問題」としては、温暖化による海水温度の上昇や二酸化炭素の吸収に伴う酸性化といった長期ではあるが、静かに進行して深刻化している海洋「温暖化」問題が疎かになっているとの指摘もある。珊瑚の白化やそこに棲息する生物の減少も深刻である。
彼らによれば、プラスチック問題への過剰な反応は、地球環境問題という全体の「大きなカンバス」を無視した焦点のあて方とまで述べている。その上で、彼らは、プラスチックを減らすという消費者の対応が、企業の「グリーンウォッシュ」に利用されているとも指摘している。問題の「矮小化」である。
例えば、航空会社は、機内のプラスチックカップを禁止はするが、その取り組みだけで飛行自体の温室効果ガス排出への寄与から目をそらすのに充分というわけだ。グレタは、昨年の国連会議に出席するのに飛行機を避けたし、その後、「飛行機に乗るのは恥(flight shaming)」という運動がスウェーデンで喚起される。
循環経済の構築にしても温暖化問題との関係を論じることが希薄である。エレン・マッカーサー財団の報告書によれば、仮に、パリ協定を遵守する対応を取ったとしても、再エネ・省エネ等のエネルギー政策だけでは、その目標の55%しか達成できず、後の45%は生産・消費の構造的見直し、すなわち、使い捨て経済構造から循環経済構造への転換・移行が急務という。循環経済の構築とは、経済成長と環境負荷のディカップリングにある。そのため、バージン原料の再生原料による代替・製品の耐久化・長寿命化・延命化と製品の脱物質化・サービス化、さらに、脱焼却・脱埋め立ての「ごみゼロ」が求められる。自然循環と社会循環による「コンポスト・リユース・リサイクル」の輪への準拠である。これによって、温暖化防止に寄与する。
このように考えると、プラスチック問題も循環経済の構築問題も「気候変動問題」に繋がる取り組みであることが見えてくる。大きなカンバスとは「脱石油文明」へ向けての「総力戦」なのである。そして、それぞれの問題は、ジグソーパズルのひとつひとつのピース(地球環境問題群)であり、このような認識のもとに環境政策の「グランドビジョン」はなければならない。ともすれば、大局を失って、個別に取り組む結果、「もぐらたたき」が生じることを最も警戒しなければならない。全ての環境問題が「温暖化」に通じる問題なのだ。これが今の環境問題に求められる「システム思考」である。
コラム著者