「測量美術」。そう聞いてわかる人は、i-ConstructionやSDGsに精通する人に、まだまだ限定されるかもしれない。いわゆる純粋なアートではなく、数字と図面の羅列にアート的な発想を取り込み、道路の測量データを誰にでも瞬間的に見てわかる3Dで表現する画期的な仕組みだ。
これまで道路上で行っていた測量がパソコン上で行え、しかも分業が可能。測量の知識がなくても操作を覚えれば、簡単にできる作業もあり、それらを障がい者の就労支援施設が請け負う。
こうした技術を開発し、仕組みを構築したのが、京都嵐山にあるベンチャー企業「株式会社エムアールサポート」。2020年にジャパンSDGsアワード パートナーシップ賞と国土交通省のi-Construction大賞をダブル受賞。その立役者であり測量美術の開発者でもある森COO(ICT事業統括責任者)にお話しをお伺いした。
大ピンチから生まれた大チャンス
―――創業当時のことを教えてください。
森COO:創業当時は、測量業よりも、工事の管理者派遣が主でした。工事には経験豊富な工事監督が必要ですが、人手不足の建設業にはそのニーズがあり、それに応える事業展開を行っていました。現在弊社の主たる事業である「道路測量及び道路調査」はそれに付随する業務の1つでした。
―――次第に事業は管理者派遣から道路の測量へとシフトしていく。建設土木業界でもICT(情報通信技術)を活用した作業の効率化が注目されはじめるなか、最新のテクノロジーを導入し、自社独自の視点で新しい計測方法を模索しているときに転機が巡ってきた。
森COO:振り返ってみると、現在、自社他社問わず、計測の主流になりつつある地上型レーザースキャナーの導入の失敗が転機でした。意を決して購入した定価で約1800万円のレーザースキャナーは、販売店の説明通りには稼働させることができず、期待通りには全く使用することができませんでした。というのも、通行止めにしていない道路には、一般車両や歩行者、各種標識などいろんなものが存在します。その状況で、購入したスキャナーを用いて撮影するとそれらの情報も取り込んでしまうため、肝心の道路表面の様子が見えなくなってしまうのです。そこでICT責任者の私は、複数の測定機材をリンクさせるプログラムや器具を開発し、使い物にならない機材を使えるようにする手法を考案しました。そうするしかなかったですし、そうしなければ弊社は倒産していました。ここで独自開発した、新しい手法の知財は特許出願中で国際特許も出願しています。
測量美術のコンセプトは「道路を丸ごと持って帰る」
―――独自視点のICT化を進めるなかで迎えた大ピンチ。奇しくもその中からチャンスのつぼみとなる全く新しい手法が生み出された。それが測量美術だが、一体どのようなものなのだろうか。
森COO:測量美術は、「道路を丸ごと持って帰る」をコンセプトに、パソコン上に実際の道路の形と色情報をもつバーチャルな道路を再現する技術です。今まで道路上で危険を冒しながら行っていた測量を室内のパソコンで行えるようにしました。従来様式でも必ずチェックするべき項目である1mm単位のひび割れや微細な凹凸も1つの道路データになっているため、これを見るだけで、道路の詳細がわかるようになっています。
森COO:測量情報は従来、「数値、図面(線)」で表現され、読み取るのが難しく、専門家しか扱えませんでした。私は数値や図面情報に、アートの思考法をミックスさせる「STEAM(※)」の考え方を取り入れました。
専門的な測量データに視覚情報を加えることによって、専門知識が無くてもその情報が何を意味しているのかが分かるようになりました。簡単な例でいうと「文字だけがびっしり詰まった辞典は分かりにくいので、挿絵が豊富な百科事典を作りました」という感じでしょうか。挿絵やインデックスが豊富だと、情報のありかも探しやすくなります。それは測量初心者だけでなく、従来から携わる専門家にもメリットがあると言えます。従来の土木業者には全くない異端の考え方でしたが、この誰もが使いやすく、道路の詳細がぎっしり詰まった「道路データのカタマリ」が工事全体の生産性を向上させました。
もうひとつ測量美術の画期的な特長として、従来の道路測量だけではなく、マンホール調査など他の用途にも活用できることです。市街地の場合、大きな交差点では水道、電気、ガス、上下水、消化栓など、100個以上のマンホールの鉄蓋が存在することも少なくありません。その計測を手作業で何日もかけて行っているのが従来の測定方法ですが、測量美術では、パソコン上で短時間にそれぞれの数値を導き出すことができます。
道路工事に用いるさまざまな分野の情報が複合的にまとめられた地図やデータは、測量美術しかありません。そのため、官民の管轄を超えて横断的に使える道路データとして、用途はさらに広がっていくと考えています。
※STEAMは、科学、技術、工学、数学という理数領域(たとえば測量)に、アート(創造性領域)の考え方を取り入れようというもの。アートが持つ「課題を自ら見つける力」、「物事を多角的に捉える力」、「物事同士を結び付ける力」、「新しい価値を創造する力」を、理数領域の開発に活かす事が、STEAMの考え方であり、測量美術のベースになっている。また、その思考法のみに止まらず、「美しい情報を作る力」という美術そのもののテクニック性も重視している。
土木業界は初心者に全くやさしくなかった
―――読み解くことに専門的な知識が必要な情報をビジュアル化し、パッと見てわかるデータに仕上げていく測量美術。どうして森COOは、土木業界に前例のないこのような異端な考え方ができたのだろうか。それは森COOの意外な経歴にあるようだ。
森COO:私は、もともとフリーランスのプログラマーとして仕事をしながら、プログラミングを駆使したアート作品を創り続けていました。しかし、会社員と違い、仕事量に波があります。経済的に苦しい時期があり、そのときに日雇いのアルバイトでお世話になったのがこの会社でした。
入社当初、土木の知識はゼロ。やる気は人一倍あるのですが、仕事が全くできない人間でした。できることといえば巻き尺の端っこを持つくらい。それでも周りの先輩方の仕事を「見て」覚えました。昔ながらの職人のやり方ですね。無論、会社には測量の入門書などは揃っておらず、必要な情報は自費で揃えて勉強しました。
そこで感じたことは「土木業界は初心者に全くやさしくない」ということです。同輩も何人かいましたが、その「導入のやさしさがない」という壁の前にリタイアしていきました。
もし、私のように「学び」ができれば、同輩はリタイアしなかったのではないか?学ぶことができれば、業務ができるようになり、業務ができれば評価もされる。評価されればそれは業務のモチベーションになり、さらに学習意欲がわく。つまり、最初の学びのステップさえ克服できれば、あとは好循環が生まれて雪だるま式に成長できるのです。
その経験から私は、土木の扉を開けやすくする仕組みを作りました。
具体的には、マニュアルを読みやすくしたり、技術書を新たに書き下ろして充実させたり、システムのチュートリアルも完備する事で、誰もが「私が苦労した最初の学びのステップ」を楽にクリアできるようにしました。これらはマーケティング分野でいうところの「ゲーミフィケーション(ゲームデザインの要素を、ゲームとは別の分野で応用し、使いやすさを向上させること)」の考え方も応用しています。
こうして生まれた、誰もが楽に始められるという導入のアプローチは、必然的に障がいの有無や性差もクリアします。これは私が感じた苦労を後輩にさせたくないという想いと、そんな初歩的な苦労をする時間があったら、いまだ解決できていない次の課題に対してその時間を割いて欲しいという技術者の想いから生まれたといえます。
私自身、この学びの好循環によって、道路研究の権威である関西道路研究会や京都府、文科省にも、技術者個人として評価され、表彰を受けました。
SDGsはボトムアップ型で達成を目指す
―――独創的な発想で土木業界に新風を吹き込む森COOだが、SDGsを知ったときの印象はどうだったのだろうか。
森COO:最初に見たのは2年~3年前でしょうか。虹色で可愛い社章だなと思い調べてみると「なんだ、ありきたりな活動だな…」という印象でした。
だって、日本の義務教育では道徳の授業や他でも「こういうことが良いことですよ」と、SDGsで挙げられている事柄はすべて教わります。そういったものは企業ではすでにCSR活動として実践されていることもありますから、特に目新しさは感じなかったです。その一方で、SDGsに本気で取り組むなら、これまでのトップダウン型のありきたりのやり方では達成できないのではないかという直感はありました。上から言われて「なんとなくできました。」「やってみました。」というアリバイ作りで終わってしまうのではないか。SDGsではトップダウン型の施策もあっていいと思いますが、ボトムアップ型の提案を重視する姿勢が一層大切だと考えます。「底辺」というとネガティブなイメージもありますが、その「底辺」から生まれるアイデアや気付きこそがブレイクスルーのきっかけになるのだと思います。
性別、年齢、障がいの有無に左右されない雇用形態を確立
―――ご自身が今の会社で日雇いアルバイトから始まった経験からか、森COOが使う「底辺」という言葉には、「底辺」にいる人々へのやさしい眼差しが感じられる。それはSDGsの包摂性「誰一人取り残さない」という考え方にそのまま通じるものだ。
森COO:測量美術だと、道路上で行っていた測量が室内のパソコンで行えます。さらに、道路のデータ作成や測量の作業工程をいくつかに分業できるような仕組みをつくりました。画面上で決められた条件に沿って円を描くような作業までをも分業化することで、健常者、障がい者を問わず作業に従事することができるようにしています。パソコンと専用ソフトがあれば、テレワークで作業を行うことができるので、全国どこでも作業が可能になっています。
―――全国から測量の仕事が舞い込むようになってきたエムアールサポートでは、仕事を請負った都道府県にある障がい者支援施設にこの作業を委託している。技術者を講師として施設に派遣し、森COO作成の簡単操作マニュアルを使いながら直接指導を行うことで、1日でほぼマスターできるという。都道府県の公共工事の仕事に、そこで暮らす障がい者たちが関わっている。
森COO:これまで、京都、愛知、岐阜、山形など各地方でいただいた仕事を、その地域にある障がい者施設にお願いしてきました。なかには、200名以上が所属される施設もあり、多くの方に携わっていただいています。
―――障がい者就労支援の仕事といえば、それでは到底生活などしていけない賃金しか支払われない。その不足額を国が補填しているのが現状だ。しかしエムアールサポートは依頼する施設に、都道府県ごとに決められている時間当たりの最低賃金以上を支払うように設定している。しかも、作業に慣れてくれば、1時間1,500円以上稼ぐ人もいるそうだ。それによって、障がいを持つ人たちにもさまざまな変化が出てきているという。
森COO:就労支援施設からは、多くの感想が届いていますが、そのなかでもうれしかったものを紹介させていただきます。
■事業所からの感想
O.Rさん 20歳 男性
O.Rさんは、車いすを利用されています。麻痺があるため、施設の作業訓練でも、できるものとできないものがあります。本人は、いずれはパソコンを使って仕事がしたいと考えていましたが、なかなか一歩が踏み出せませんでした。
今回の作業は、ゆっくり時間をかけてやればいいから挑戦してみようと誘いました。麻痺の影響で時間がかかってしまいましたが、数枚でもやりきった充実感から「続けてやりたいです!もっとパソコンが使いこなせるように市が行う障がい者向けのIT講習も受講したいです!」とコメント。スタッフ一同驚くと同時に、非常にうれしく思う出来事でした。
森COO:これまで、社会の役に立てないと思っていた人たちが、社会に積極的に関わっていこうと思えるきっかけづくりになっているようで、とてもうれしいです。施設のスタッフさんからもメールで仕事の感想をいただきましたので、こちらもご紹介させていただきます。
■仕事を終えての感想(事業所スタッフさん)
コロナ禍の中、長年いただいていた仕事の終了や縮小、単価の引き下げなどが決まるなど、作業工賃の向上が難しい状況です。そうした中、御社から定期的に仕事がいただけ上達とともに労働単価が向上し、取り組んでいただいている利用者さんの収入増につなげることができて大変うれしく思っています。
こちらの地域ではなかなかチャンスがないパソコンを使用した仕事ということで、たくさんの利用者さんが興味を持ってくれ、挑戦してみたいとモチベーションが非常に高い状況が出来ており嬉しく感じております。
森COO:弊社が携わっている公共工事と障がい者の生活を守る支援金の出どころは国です。支援金はもちろん大切ですが、支援金には生産性もやりがいも伴いません。しかし、公共工事に障がい者が仕事として携わることができれば、彼らが受け取る賃金が増え、それによって支援金も減ります。何より、彼らのやりがいや生きがいに繋がります。だから、誰もが公共工事に携われる環境を作りたいんです。性別や年齢、体力や障がいの有無に左右されない事業にすれば、雇用が増え、貧困や飢えをなくすことに繋がります。同時に、建設土木業界の深刻な人手不足の解消にも繋がっていくのです。
それに、弊社の仕事を通じて学んでいただいているICTの基礎は、別の分野にも応用できます。弊社に限らず、やる気さえあれば誰もが就労できる環境づくりにもつなげていきたいと考えています。
コロナ禍で苦しむ人々の雇用機会も創出
―――新型コロナウイルスによる影響により、倒産や失業した人は多いなか、エムアールサポートは失業者の雇用対策にも乗り出している。
森COO:エンターテインメント業界や観光業など、コロナ禍で苦しんでいる業界はいくつもあります。働く場を失った落語家や俳優、演劇関係者、観光業者などジャンルを問わず声をかけて、仕事をしていただいています。
具体例を挙げますと、SDGs漫画家のピョコタンさんには障がい者就労も含めたパソコン作業のマニュアル作りにも協力していただいています。
彼は児童向け漫画の他に、SDGsを題材にした漫画も執筆しており、わかりやすいイラストには定評があります。
また独自の鋭い視点の持ち主でその意見が発想のきっかけになる事もしばしばです。
SDGs落語家さんとして現在弊社で働いていただいている笑福亭風喬さんには、道路の仕事の他にPR資料の作成や音声マニュアルのナレーションを手伝っていただいています。やはりそこは話術のプロ。とても聞き取りやすく温かい調子の言葉使いや間の取り方は、咄家さんならではの技術です。
様々な専門家を集めて課題に取り組むという手法はワークショップでよく用いられますが、その考え方を業務にまるごと取り入れる事で今までのやり方では思いもしなかったアイデアのヒントも生まれました。
SDGsアワード受賞の取り組みもそういったヒントが隠し味になっています。まさにこれは従業員単位での協働の成果だと言えます。
このように、今後は障がい者だけでなく、年配層や、私のような就職氷河期世帯(特に一番課題となっている 40歳代)の就労支援、シングルマザー及びシングルファーザーの働き方構築、コロナ関連の失業者、なかでも非正規雇用でセーフティネットに救われにくい方が、安全に活躍できる就労スタイルの構築を試みていきます。
数々の受賞が社内の意識を大転換させるきっかけに
―――ICTを活用した土木業界の革新的な取り組みが、業界を超え、性別、年齢、障がいの有無などの枠を越えて雇用を生み出している。そのことが高く評価され、栄誉ある2020年ジャパンSDGsアワード パートナーシップ賞を受賞されている。
わずか12名ほどの小さなベンチャー企業が、大きな賞を次々と受賞しているが、それに伴いどのような変化があるのだろうか。
森COO:当初、私が行っていた測量美術という見える化の取り組みは、それまで業界に存在しなかったアプローチなので社内でも全く理解されませんでした。
そこで、その取り組みを社内ではなく、公の場所で発表することにしました。それが外部から高く評価され、京都市ベンチャー企業目利き委員会にAランク認定、京都中小企業技術大賞では優秀技術賞をいただくなど、各方面から評価をいただきました。
すると「あれ、森のやってることって凄いらしいぞ?」となったんです。そこから社内の目が変わり、私の考案した手法を取り入れてもらえるようになりました。
取り入れてもらえれば、あとはトントン拍子です。作ったものは、「業務ができない」人間であった私が「業務ができる人」になれるマニュアルやシステムです。もともと業務ができる人には鬼に金棒。新技術が社内全体にどんどん浸透しました。さらに新しく入った従業員たちもこの手法によって、次々に「すぐに業務できる人」になりました。すると必然的に、会社が受注できる仕事量のキャパシティーが増え、業績拡大に繋がりました。
「権限の委譲」が社員の成長と絶大な成果を生み出すカギ
―――最後に、これからSDGs に取り組む中小企業へのアドバイスを聞いてみた。
森COO:SDGs は、自社ブランディングの手法として捉えても良いかもしれません。ただの道徳、慈善事業ではなく、自社の強み(弱み)を発見するきっかけとなり得ます。そのブランディングの取り組みは、まだまだ伸びしろがある中小企業だからこそ大きな飛躍につながると期待できます。
その為には、社員さんの小さな取り組みを知ったり、自社と他社(同業以外にも)との違いを知る事も大切です。
また、SDGsには、トップダウンだけでなく、底辺からアイデアや工夫をボトムアップできる仕組みづくりや経営陣の覚悟が必要です。弊社の代表は経営者として非常に直感が優れていて、並外れた行動力があります。しかし、私が任されている技術開発とその実行に関しては「口を挟まない」ことを徹底しています。中小企業の代表にとって、自分以外の者に権限を与えるのはとても難しいことです。開発にあたっては高額な費用が必要になることもありますが、私を徹底して信用し、実行権限を与えてくれています。こうした「権限の委譲」は、社員の成長と大きなやりがいを生むという絶大な成果を生み、会社としての成長に繋がっています。
<取材を終えて>
あるアワードの審査を担当していた世界的なカリスマ経営者は、STEAMの考え方を取り入れた「測量美術」が新たなプラットフォームになるかもしれないと絶賛されたそうだ。
そんな革新的な技術と仕組みを開発した森COOは、ガチガチの研究者肌かと思いきや、フレンドリーで笑顔の大きいホスピタリティに溢れた人だった。
就職氷河期のなか、ご自身が社会的な底辺を味わうこともあったからだろうか、社会的弱者への温かな眼差しと、彼らをなんとか救い上げたいという情熱に満ちていた。
土木業界の常識を覆すような革新的な技術の開発だけでも素晴らしいが、そこに別の要素を付加して、どのような属性の人にも同じように雇用機会を創出する仕組みづくりに取り組む姿勢は、SDGsのど真ん中をいく取り組みだ。これだけみごとなイノベーションを創り出しているにもかかわらず、森COOは自身のことをごくごく普通の人だという。「ぼくが面白いと思ったことは、他の人も面白いと思ってくれるはずです。ぼくがいいと思ったものは、他の人にとってもいいはずなんです。なぜか?ぼくは天才じゃないですから。」