石鹸での手洗いに手指のアルコール消毒。新型コロナウイルスが猛威をふるい始めてから、これらのことが感染症対策の基本的な習慣となった。コロナ禍にあって欠かせない石鹸液やアルコール消毒液など衛生商品を通じて、長年ビジネスとして社会に貢献してきたのが今回のSDGsトレジャーカンパニー、サラヤ株式会社(以下サラヤ)だ。子どもたちの命を救うために、手洗いの習慣がなかったウガンダで手洗いプロジェクトを進め、マレーシアのボルネオ島では、長年にわたりトップが率先して環境保全活動に取り組んできた実績を持つ。そうした活動が評価され2017年には「第1回ジャパンSDGsアワード」のSDGs推進副本部長(外務大臣)賞を受賞した日本を代表するソーシャルカンパニー。国際的な社会課題にビジネスとして向き合うことになったきっかけも含めて、コミュニケーション本部 広報宣伝統括部の諸江さんにお話しをお聞きした。
(緊急事態宣言が発令されているなか、リモートでの取材となりました。)
批判を覚悟で出演したテレビ番組
ーーーサラヤが創業した1952年は衛生環境が悪く、集団赤痢や集団食中毒が多発していた。そんななか、日本で初めて薬用石鹸液を発売。手洗いを促すポスターを作るなど、商品だけではなく「手洗い習慣」というソフトもあわせて提案することで業績を伸ばしていった。
1970年代の高度成長期には、石油系合成洗剤の排水で泡だらけになった川が社会問題になる。サラヤは排水がすばやく微生物に分解され環境への負荷が少ない植物由来の「ヤシノミ洗剤」を発売。これが環境意識の高い人々から支持されてロングランの大ヒットなる。 “自然派のサラヤ“、そんなイメージが浸透するなか、2004年テレビから出演依頼が舞い込んだ。環境にやさしい「ヤシノミ洗剤」の取材かと思いきや、その原料となるパーム油を作っているボルネオ島で深刻な環境破壊が起きていることを報道する番組に、当事者としてコメントを求めるものだったという。
諸江さん:植物由来で環境にやさしい「ヤシノミ洗剤」が、東南アジアの島で環境破壊を引き起こしていることなど、想像すらしていませんでした。当時、パーム油を商社から購入していて、原料の生産地のことまで、まるで意識が及んでいなかったのです。
すぐに調査すると、確かに熱帯林が破壊され、そこに住んでいた象をはじめとした野生動物に深刻な影響を及ぼしていることがわかってきました。さらに調べると、パーム油は世界中で「植物油脂」として80%以上が食品に使用され、非食用の洗剤でなおかつサラヤのような企業が使う量はごくわずか。しかし、パーム油に関わる企業として、事実であるとわかった以上、逃げるわけにはいかない。そういって社長は出演に応じました。
ーーーマイナスイメージしかないこの依頼に、他の企業は出演依頼を断ったという。放送後は案の定、厳しいバッシングにあった。「象がかわいそう」、「パーム油を使わず代替油を使えば」・・・。そうした批判が集まる中、1.パーム油の使用を止めるか、2.世間のバッシングを無視して企業活動を続けるか、3.批判を受け入れた上で、パーム油の問題解決に向けて活動を行うのか。サラヤが選択したのは、最後の3番だった。
諸江さん:私たちが関わりをもったマレーシアのボルネオ島は、最後の氷河期を乗り越えて1億年前の大自然が今も残るといわれていましたが、状況はかなり深刻でした。熱帯林は大規模な伐採が行われ、見渡す限りアブラヤシ農園に変わっていました。森に暮らす象やオランウータンなどは、すみかを追われ、農園と農園の間の限られたエリアに追いやられています。食べ物が少なくなった動物が農園に入れば害獣とみなされ駆除されてしまいます。農園の周囲には罠が設置され、それにかかった象たちが傷ついたり、命を落としてしまうなど、さまざまな生き物が絶滅の危機に瀕していました。
ボルネオ保全トラスト設立を支援
諸江さん:こうした状況を改善していくために、現地の政府やNGOなどと共に野生動物と熱帯雨林を守る「ボルネオ保全トラスト」というNPO法人を設立。2007年より「ヤシノミ洗剤」など対象商品の売上1%で団体を支援し、お客様とともに持続可能な取り組みをはじめました。特に力を入れているのが、象など野生動物の命をまもるための「緑の回廊」計画です。自然に暮らす動物たちにとって川の水は生命線ですが、森と川をつなぐ導線がアブラヤシ農園によって分断されてしまっている。せめて川の周辺を動物たちが自由に行き来できるようにしようと、川の周辺の農園予定地を買い戻し、現在では「サラヤの森9号地」まで広がっています。ケガをした象や親を失った子象たちを保護する施設も必要であり、そのためにレスキューセンターの運営やサポートなどを行っています。
ーーー動物たちをまもるために、以前の森に戻していけばいいという主張もする人もいる。しかし、ことはそう簡単ではない。農園は現地の人々にとって大きな収入源だ。それがなくなれば、彼らの生活は成り立たなくなってしまう。
諸江さん:問題なのは無秩序な農園拡大です。暮らしをよりよくしていくことは必要ですが、生物多様性を維持することも同時に大切なことです。そのバランスを考えながら、共存できる道を探ることが必要です。当社では2005年にRSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議 Roundtable on Sustainable Palm Oil)という国際NPOに日本企業で初めて加盟し、人間と環境が共存できるよう、農園主や行政、現地のNGOやパーム油を扱う世界の企業などとも連携して、ボルネオ島の環境保全活動を推進しています。
ところでパーム油とはどんなもの?
パーム油は、生産性が高く、世界で一番使われている植物油。揚げ油やインスタント麺、スナック菓子、パンなどから、洗剤やボディーソープ、シャンプーにも使われており、その汎用性の高さから、スーパーに並ぶ商品の約半分に含まれていると言われている。他の植物油と違い、肥満や心筋梗塞を引き起こすとされるトランス脂肪酸をほとんど出さずに加工が可能なことも好まれる一因。
パーム油の原料はアブラヤシの木になる果房の実からパーム油が、種の部分からはパーム核油が採取される。その生産性は植物油のなかでも群を抜いており、1ヘクタールの土地から採取できる量は、大豆の10倍以上。この生産性の高さと安価であることから、年々消費量は増えており、2030年には消費量が2010年の3倍になるという試算もある。
アブラヤシは、日差しが強く、雨量の多い赤道周辺に産地が限定されるため、世界の生産量の85%以上が、インドネシアとマレーシアで占められる。世界の需要増に対応するため、熱帯林を次々と伐採しアブラヤシ農園に変えていったことで、現在、大規模な環境破壊が発生。森の動物たちが絶滅の危機にあっているほか、大規模なCO2の発生も懸念されている。
出典:WWF(世界自然保護基金)ホームページより
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/2484.html
パーム油由来の商品すべてがRSPO認証に
ーーーRSPOは、「RSPOの原則と基準」を定め、環境や社会的にも持続可能なパーム油であることを示す認証制度を開始。認証油をつかって生産された商品にはRSPO認証マークを掲載できるようになった。
諸江さん:サラヤでは2010年に日本で初めてRSPO認証油を使用した製品を開発・発売しました。以降、パーム油を原料とする他の商品も順次差しかえを開始し、2019年11月には、当社でパーム油を使用するすべての商品がRSPO認証(完全分離方式=Segregation、台帳方式=Credits)になりました。現在日本だけでなく世界でRSPO認証商品が急速に増えています。その背景には、2020年東京オリンピック・パラリンピックで調達する物品について、RSPO認証が調達コードのひとつになったことが大きな要因です。これを機会に、パーム油をとりまく環境問題が自然との共存という方向に向かい、ボルネオ島などアブラヤシ農園の無秩序な拡大によって傷ついた地域の生物多様性が再生されるようになってほしいと願っています。
ウガンダ人の手洗いの意識を変える「100万人の手洗いプロジェクト」
ーーーボルネオ島で始まったサラヤのソーシャル活動は、アフリカにも拡大していく。その拠点となったのがアフリカ中東部にあるウガンダ。この国で2010年から対象商品の売上1%を活動資金として、手洗いプロジェクトを開始した。
諸江さん:創業まもないころから、日本で石鹸を販売するだけでなく、石鹸を使った正しい手洗い方法を伝える活動を地道に行ってきました。途上国で石けんを使って正しい手洗いを推奨する活動をしていたユニセフを支援するかたちで、ウガンダで活動を実施することになりました。衛生・医療環境が整っていないこの国では、5歳未満の子どもたちの死亡率が高く、多くは肺炎や感染症、下痢性疾患によるもので、石鹸による正しい手洗いをすればその多くが防げるのです。
こうした現状を改善して、小さな子どもたちの命を救うために、社会貢献活動の一環として「100万人の手洗いプロジェクト」をはじめました。
ーーー最初に行ったのは、地域ボランティアの手洗いアンバサダーの養成。講習を受けた彼らが、ウガンダの母親たちに石鹸を使った正しい手洗いを伝えていくのだ。この国では依然水道が完備されていない地域も多いため、ティッピー・タップと呼ばれるポリ容器などを使った簡易手洗い装置を住民と一緒に設置していっている。
諸江さん:ただ、手洗いの環境をいくら整えても、それだけで状況は変わりません。大切なことは、ウガンダの人たちが自ら手を洗おうと考えて行動することです。そのために、粘り強く時間をかけて活動を続け、これまで120万人の母親や子どもたちに手洗いの大切さを伝えてきました。その甲斐もあって、プロジェクト開始前の2009年は5歳未満児の子どもの死亡率は1,000人あたり89人でしたが、トイレ後の手洗い率が37%になった2017年には49人まで減少しました。(詳細はプロジェクト進捗レポート2017)
子どもの頃から手洗いを習慣化し、石鹸による手洗いが当たり前になれば、5歳未満で亡くなる子どもの数はさらに減らすことができます。正しい手洗いが命を守ることにもなるのです。これからも地道に啓発活動を支援していきたいと考えています。
ウガンダの病院で院内感染を予防する「病院で手の消毒100%プロジェクト」
ーーー当初、ウガンダでは医療施設においても衛生環境は整っておらず、手術器具をカーテンの布で拭くなど、医療スタッフの衛生に関する意識も低かった。そのため、院内感染を起こし、子どもの下痢性疾患や帝王切開後の敗血症などといった患者があとをたたない。改善の必要があり、持続的に活動できるようにするためには、ビジネスとして解決していくべきだと2012年から「病院で手の消毒100%プロジェクト」を開始した。
諸江さん:2011年に現地法人「サラヤイーストアフリカ」を設立し、JICA(国際協力機構)の協力も得て、2つの病院でアルコール手指消毒剤を試験導入したところ、手指消毒率が高くなると、院内感染の発生率が劇的に低減しました。この結果を踏まえて2014年にウガンダにアルコール消毒液の製造工場を設立し、本格的に現地での製造販売を開始しました。
ーーーウガンダ産のアルコール消毒液は、現地の製糖工場が砂糖をつくる段階で出る廃糖蜜を利用して作られている。メイド・イン・ウガンダを実現することで、現地の病院でも購入しやすい価格になったほか、現地の人々を工場スタッフとして積極的に採用することで、雇用促進にも貢献しているという。こうして国内での生産体制が整ってきたところで、新型コロナウイルスによるパンデミックが発生した。
諸江さん:間に合ったという気持ちです。全世界で新型コロナウイルスが蔓延するなか、感染を防ぐためにも、石鹸による手洗いと手指のアルコール消毒は欠かせません。衛生環境の整わない開発途上国において深刻な事態ですが、ウガンダでは、アルコール消毒液を自国で生産できる環境が整っているので、たとえ輸入がストップしても必要なところに届けることができます。小さなプロジェクトから始まった取り組みをビジネスとして機能するところまで引き上げ、感染拡大抑制に寄与できて本当によかったと思っています。
セブン&アイ・ホールディングスとのパートナーシップ
ーーーSDGsのなかで重要なゴールのひとつにパートナーシップがある。サラヤはこれまで、さまざまな団体や企業とタッグを組み、ボルネオ保全トラストやウガンダでのいくつものソーシャルプロジェクトを推進してきた。そして今回、日本で新たなパートナーシップを組むことになった。
諸江さん:2015年にSDGsが採択されてから、地球環境や社会問題に関心をもつお客さまが増えるなかで、「エシカル消費」に注目が集まっています。環境や社会課題に配慮した衛生商品を作り続けてきた当社、そして日本最大規模の店舗網を持ち、社会環境の変化に価値ある商品やサービスの提供を通じて対応するセブン&アイ・ホールディングス。この2社の共同企画商品として、2020年11月から当社のヤシノミ洗剤シリーズと感染対策商品の一部を「セブンプレミアム ライフスタイル」ブランドとして販売しています。
商品を購入していただくことで、お客さまも社会貢献活動に参加できるエシカル消費をより身近に実践していただける場を提供できるようになりました。
ーーーこのような取り組みは、SDGsによって共通の目標や課題が見えやすくなったことも関連しているのだろう。自社のビジネスをSDGsのもとに整理し直すことで、これまで接点のなかった新たなパートナーと関係構築ができる可能性を感じさせる好例ではないだろうか。
学生のSDGsに対する意識は高い
ーーーSDGsは、学校の授業でも教えられていて学生のなかでは認知が広がりつつある。こうしたなか、サラヤに就職活動にやってくる学生たちに変化があるのだろうか。
諸江さん:就職活動の学生さんは環境や社会問題に対する意識が高く、SDGsが定着してきていると感じています。志望動機にも当社のSDGsの取り組みに対するコメントが多くみられ、どのようにソーシャルな取り組みを行っているかが、就職先を選ぶ基準のひとつになってきているようにも感じています。
そうした志の高い人たちとともに「手洗い世界ナンバー1企業」を目指し、手を洗うことを「サラヤする」と日常的に言っていただける日がくるよう、世界各地で持続可能なソーシャルビジネスを展開していきたいと考えています。
取材を通じて感じたことのひとつが、「伝える」ことを大切にされている姿勢だ。戦後間もないころ、日本に手を洗うという習慣がないなか、石鹸液の販売にとどまらず、「手洗い習慣」を粘り強く伝えつづけた啓発活動。ボルネオでの環境破壊に全く意図せず間接的に加担していることに対して、バッシング覚悟で逃げずに出演されたテレビ番組。その後の環境保全団体の立ち上げや進捗に関する丁寧な広報。そして、ウガンダでの手洗いや手の消毒プロジェクト。どれもが手間と時間と粘り強さが必要なことばかりだ。しかし、商品を販売するだけ、環境を整えるだけでは、社会は良くならない。エビデンスをもって正しい知識を粘り強く伝え、その地域の人々の意識を変えていくことで、社会を良くしていく。そこには、社会の問題・課題の解決のために、ビジネスとして継続的に関わっていくというソーシャルな視点が強く根付いている。こうしたビジネスと社会に対して誠実であり続ける企業姿勢こそ、SDGsの目指すべきところではないか。そのことをサラヤが世界で展開している活動を通じて、教えていただいた。