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都市のグリーン・インフラストラクチュアをつくる ~高架構造物の撤去または再利用を通じた都市空間の再生~

都市のグリーン・インフラストラクチュアをつくる ~高架構造物の撤去または再利用を通じた都市空間の再生~

 

■講師

名古屋大学大学院環境学研究科都市環境学専攻 准教授
村山顕人氏

 

1.はじめに

今日は、都市の中に緑を増やしていく手法について、グリーン・インフラストラクチュアの創造、そして、高架構造物の撤去または再利用を通じた都市空間の再生の事例を通じて、お話させていただきます。

 

2.名古屋市の都市マスタープランと緑

私がいます名古屋では、市域を超えて広く市街地が広がっています。名古屋市は人口226万人ですが、周辺の都市まで合わせると相当な人口になります。都市の周縁部へと市街化が進むと、どうしても、公共交通ではなく車に依存して庭付き戸建住宅に住むライフスタイルが主流となります。CO2の排出量は増え、開発により緑の面積が減ります。1992年の名古屋市の土地利用現況図と2007年度のそれとを比べると、樹林地や田畑が減少しているのがよく分かります。緑の面積が土地の面積のどれだけを占めているかを示す緑被率を見てみますと、1990年には30%(9,730ha)だったのが、15年後の2005年には約25%(8,080ha)まで減少しています。15年で約1,600haの緑の面積が減ったわけです。これは名古屋市の中村区の大きさに匹敵します。

 

名古屋市は2011年に新しい都市のマスタープランを作りました。ポイントは、CO2の排出量の削減を目指し、2025年以降の人口減少を見据えて、よりコンパクトな都市をつくろうというものです。キーワードは、「集約連携型都市構造」と「駅そば生活圏のまちづくり」です。名古屋市内には約150の鉄道駅があります。各駅から800m圏内を「駅そば生活圏」と名づけて、駅を中心に歩いて暮らせる街をつくろうというものです。具体的には、更なる都市機能の強化ということで、商業・サービス・文化施設や生活利便施設の充実を図ります。また、車に頼らず暮らせる駅そば生活圏に人口を集めるため、居住機能の充実を図ります。名古屋市では、2025年までは人口が増えるのですが、なるべく駅から遠い地域での新開発を抑えて、多くの皆さんに駅のそばに住んでいただこうという考えなのです。一方で、駅から遠い地域をこれからどうしていくのかも問題です。樹林地、田畑などの緑を復元していく仕組みが必要です。もちろん、駅そば生活圏でも緑を増やして良好な都市環境をつくることが求められます。

 

3.グリーン・インフラストラクチュアとは

そこで重要なのが、緑や水も都市の重要なインフラと捉え、緑や水をうまく都市田園空間の中に取り入れていこうというグリーン・インフラストラクチュアの考え方です。

 

グリーン・インフラストラクチュアとは、都市・町・村の内部及び間の物的環境であり、オープンスペース、水路、公園、森林、緑地帯、街路樹、田園、宅地の庭も含めた多様な緑のネットワークのことです。地域の人々とコミュニティに社会的・経済的・環境的利益をもたらすもので、特に緑が少ない都市部及び郊外部でグリーン・インフラストラクチュア創造の意味があると言われています。

 

グリーン・インフラストラクチュアの効用としては、一般的には、
・雨水流出の削減および遅延
・地下水涵養の推進
・雨水中の汚染物質の除去
・下水道のオーバーフローの防止
・二酸化炭素の固定
・ヒートアイランド現象の軽減とエネルギー需要の削減
・大気汚染の改善
・人々の健康の増進
・地下の上昇


などが挙げられます。緑の面積が多いほど、そこに住んでいる人は健康だという研究結果も報告されています。散歩やジョギングをする機会が増えるので、健康に良いということです。逆に車依存の生活をしていると、特定の病気の発症率が高いといったことも報告されています。

 

4.グリーン・インフラストラクチュアの事例

(1)様々な事例

高架構造物と言いますと、道路や鉄道ということになりますが、それを撤去または再利用してグリーン・インフラストラクチュアを整備した事例は、各国にいろいろとあります。ソウルの清渓川復元事業、ボストンのビッグ・ディッグ・プロジェクト、シアトルのアラスカン・ウェイ(これはまだ実現していませんが、プロジェクトは進んでいます)、サンフランシスコのエンバルカデロ通りとオクタビア通り等です。サンフランシスコでは大地震で高速道路の高架構造物が倒れてしまいました。もう一度高架を建設するか、それとも建設しないかという選択肢があって、結局、高架を再建設しないこととしました。鉄道の事例では、ニューヨークのハイラインとパリのフォーブール・サンタントワーヌがあります。
グリーン・インフラストラクチュアをつくる事例は、これだけではありません。建物の屋上緑化、グリーン・ストリート、エコ・ディストリクトなど他にも多様な取り組みがあります。

 

(2)ポートランドのエコ・ディストリクト

米国オレゴン州ポートランドの事例をご紹介しましょう。ポートランドは米国の中でも先進的に環境にやさしいまちづくりを進めてきた都市です。路面電車を導入したり、歩いて暮らせるまちづくりを推進したり、自転車の利用を促進したりしています。ここ数年、力を入れているのがエコ・ディストリクトの取り組みです。「地区スケールから持続性を加速させる」というスローガンの下、徒歩・自転車・公共交通利用の推進、電気自動車・ハイブリッド車のような環境にやさしい自動車の推奨、地産地消、環境負荷の低い建物の建設、建物屋上への風力発電設備の設置、緑や水の効果的な導入などの様々な取り組みを地区スケールのまちづくりの中で重点的に行おうというものです。地球・流域圏・都市・地区の現代そして次世代の課題に、地区スケールの空間計画・デザインを通じてどう対応できるかがチャレンジです。

 

日本では今、生産年齢人口の減少、高齢者激増、経済停滞、格差社会の顕在化、財政難、環境問題の深刻化、減災などさまざまな課題があります。都市計画はこうした状況にきちんと応えなければならないのですが、やはり地区スケールで考えるのが効果的・効率的だと思います。

 

ポートランドには、今、エコ・ディストリクトのモデル地区が5つ設定されています。その1つであるサウス・ウォーターフロントでは、工場跡地の再開発が進んでいます。都心居住を推進するために超高層タワー型のマンションを建設しています。マンションの建物には環境負荷を低減するような工夫がされているそうです。そして、建物の周囲の公共空間にはたくさんの緑を配置し、小さな池を整備して雨水を一次貯留しつつ浸透させる仕組みを導入しています。道路の緑も、単に街路樹を植えるのではなく、かなり広い面積を植栽に使っています。もう1つのモデル地区であるポートランド州立大学地区では、電気自動車の充電器を路上に設置する"Electric Avenue"の取り組みがありました。

 

ポートランドのZGFという建築設計事務所の建物もご紹介しましょう。これはLEED(Leadership in Energy & Environmental Design・エネルギーと環境デザインのリーダーシップ)で最高評価のプラチナ認証を取得している建物です。(※LEEDは敷地と建物の環境性能を評価・認証する格付け制度。日本ではCASBEEという類似の制度があります。)建物の屋上には太陽熱で水を温めるパネルと風力発電設備が設置されています。屋上緑化である程度の雨水を吸収・蒸発散させ、残りの雨水は地下のタンクに貯留され中水として利用されているそうです。

 

(3)ボストンのエメラルド・ネックレスとビッグ・ディッグ・プロジェクト

次にボストンの例をご紹介したいと思います。ボストンでは昔から都市の中に緑のネットワークをつくる取り組みをしています。高架構造物を撤去してその跡地の大部分を公園にするビッグ・ディッグ・プロジェクトはその(現時点での)最終段階として位置付けられます。1634年にボストン・コモンという都心の大きな公園が整備されました。その後もセカンド・ステージ、サード・ステージと長年かけて緑のネットワークを整備し、都心部と郊外部とをうまく水と緑でつないでいきました。このネットワークは「エメラルド・ネックレス」と呼ばれています。

 

1959年に都心部に高架の高速道路がオープンしたのですが、完成後間もなく住民から高架構造物の撤去を求める運動が起こり、その後、いろいろなことがあり、1987年には高速道路を地下化し、高架構造物を撤去することが決定しました。その跡地をどのように利用するかの提案を求めるコンペが行われ、その後、長い時間をかけてプランニングと建設が行われました。高速道路の地下トンネルが開通したのは2005年のことです。その後、高架構造物の跡地の4分の3が公園・オープンスペースになり、残りの4分の1に建物が建っています。都心部に細長い公園ができたのは良かったのですが、地下トンネルでは水漏れや交通事故時の破損等の問題が発生し、脆弱でおそらく数十年後には問題になる構造物を新たに地下に造ってしまったのではないかとの意見も出ています。50年経てば地下トンネルは当然古くなり、再びインフラ維持の問題が発生します。構造物をつくるときは、50年後まで考えて判断する必要があります。

 

(4)ソウルの清渓川復元事業

韓国ソウルの事例をご紹介しましょう。ここも1958年に清渓川に蓋をして幹線道路を建設しました。さらに交通量の増加にするため、1968年にはその上に高架構造物が建設されました。1991年頃から、清渓川を復元させてはどうかとのアイディアが出て、何回ものシンポジウムを通じて具体的な提案が検討されました。2002年のソウル市長選挙で、清渓川の復元を公約に掲げた李明博(イ・ミョンバク・現韓国大統領)氏が当選しました。李氏のリーダーシップの下、極めて迅速に事業が進められ、数年で復元されました。道路は単純に撤去されただけですが、同時にバスなどの公共交通のシステムも大きく改善され、大きな渋滞・混乱は発生していないそうです。

 

(5)パリとニューヨークの鉄道高架構造物活用の事例

鉄道の事例をご紹介しましょう。パリの都心部、オペラ・バスティーユの辺りから東へ伸びる鉄道の高架構造物で、鉄道が通らなくなった後、高架構造物を活用して緑の回廊をつくっています。パリの東部は比較的治安の悪い地域が多く、再生を図りたいという大きなビジョンの下にこのプロジェクトが位置づけられています。高架構造物だけでなく、ところどころに公園が整備されています。

 

もう一つは、ニューヨークの例です。マンハッタン島の西側の工業地帯にあった鉄道高架構造物を公園的に利用しているものです。トラック輸送の増加で鉄道輸送が減り、鉄道が走らなくなったため、高架構造物上に自然と植物が茂りだし、これをどうするかという問題になりました。高架下の環境と治安が悪くなるので高架構造物を取り払いたいとの意見もあったのですが、ニューヨーク市民はこのオープンスペースを守る選択をしました。ニューヨークはセントラル・パーク等を除けば大きな公園はないのですが、ハイラインは全長1.6kmあり、このようなところで緑が守られています。

 

(6)シアトルのアラスカン・ウェイ高架と都心部の水と緑の戦略

最後にシアトルの事例についてお話したいと思います。シアトルの都心部の西側は湾に面しており、ウォータフロントに沿って州の幹線道路が走っています。都心部の地盤を支える護岸堤と高架構造物の部分であるアラスカン・ウェイ高架が老朽化しているところに2001年には大地震が起こり、ダメージを受けた高架構造物を撤去するか、それとも再建設するかが問題となり、2002年には環境影響評価の手続きの中で5つの代替案が検討されることとなりました。

 

1つ目は、高架構造物を再建設する案です。護岸堤は、今は木造で虫が食ってダメになっていますので、今度はコンクリートで作ります。高架構造物は元通りに再建設するという案です。2つ目はトンネル案です。道路を地下化し、上はオープンスペースとして再生するプランです。あとの3つはこの2つのプランの間に位置付けられると思います。その結果、2004年にトンネル案と高架構造物再建設案の2つに絞られました。道路の所有者でもある州政府は、あまりお金をかけたくないので再建設案を支持しました。シアトル市長は地上の活性化も考慮してトンネル案を支持しました。シアトル市長は、お金がかかってもトンネルにして地上部を別の形で使いたいという方針を示しました。市民を巻き込んで大きなワークショップを立ち上げ、地上の整備に関する議論を盛り上げました。20を超えるグループの提案を細かく分析し、共通部分を軸として、対立点は徹底的に議論して、共感の得られる内容でセントラル・ウォーターフロント・プランを策定しました。現在は、紆余曲折を経て、トンネル案の実現に向けた取り組みが行われているようです。

 

シアトル市は、都心部に緑と水を創造する長期ビジョンと戦略を持っています。ブルー・リングというプロジェクトです。シアトルでは、20世紀初頭から市街地の拡大に合わせて郊外部の緑のネットワークを100年かけてつくりました。しかし、都心部での緑が少ないということで、今度はもう100年かけて都心部に緑と水のネットワークをつくろうというビジョンを持っています。都心部で既成市街地ですからそう簡単ではありませんが、既存の道路の半分を公園的な空間にするとか、思い切って公共の公園を作るとか、フリーウェイに蓋をするとか、いろいろな手段を組み合わせて緑と緑のネットワークをつくろうとしています。

 

5.事例から学ぶこと

本日ご紹介した事例から、以下のことが学べると思います。

  • グリーン・インフラストラクチュア整備には、単に緑が増えるという以外に、さまざまな効用が期待できます。
  • 高架構造物を撤去するプロジェクトは、大きなインパクトがあるかもしれませんが、莫大な費用と時間がかかり、環境や持続可能性にマイナスのインパクトを与える可能性すらあります。ボストンの場合、地下トンネルを建設しましたが、50年後にはその地下構造物をどうするかが問題になります。
  • 環境や持続可能性に配慮した街路や公園のデザイン、都市におけるさまざまな「グリーン・インフラストラクチュア」の漸進的整備など他の取り組みもあります。これらの取り組みはそれほど費用がかからず、多くの都市に適用可能だと考えられます。
  • 大きなプロジェクトは、社会の多様な主体のサポートを得る必要があります。そのためには、長期的なビジョン(シアトルでは100年)と短中期的な戦略(シアトルでは10年)、目に見える形でパイロット・プロジェクトを用意することが重要です。
  • グリーン・インフラストラクチュア整備は、環境問題の緩和だけでなく、都市における人々の生活の質の向上や経済の活性化にも貢献しなければならないと思います。

 

ご清聴ありがとうございました。