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里山林の生物多様性と保全 ~日本的な生物の宝庫をどのように守るか~

里山林の生物多様性と保全 ~日本的な生物の宝庫をどのように守るか~

 

■講師

大阪府立大学 大学院生命環境科学研究科 教授 
石井 実氏

 

はじめに

持続可能な森林というと大阪近郊では里山ということになります。今日は里山林と生物多様性の保全というテーマでお話をさせていただきます。
里山というのは「桃太郎」のおじいさんが柴刈りに行った「山」です。かつての里山は、薪や炭、肥料などを供給していました。また、多くの日本的な生物の宝庫でもありました。この里山が失われると、日本の生物多様性が急激に減少するのではないかと危惧しています。

 

1.里山とは

日本の農村の風景を構成する要素として、水田や畑があり、ため池や用水路があり、草地、竹林、鎮守の森、雑木林、水源林などがあります。こうした景観全体を「広義の里山」と呼びたいと思います。狭義の里山というのは、この中の雑木林や農用林、薪炭林といった里山林をさしています。広義の里山を、環境省は「里地里山」という四字熟語で呼んでいます。 私は、広義の里山を単に里山、狭義の里山を里山林と呼ぶことにします。

こうした里山の景観は日本人には懐かしいものですが、水田稲作がはじまって以来、三千年にわたって私たちの身近にあったわけです。私たちの文化もこうした里山を背景にして育まれてきたものです。
里山の四季をみますと、春にはスミレなど多くの花が咲き、ギフチョウのような蝶が舞います。「山路来て 何やらゆかし すみれ草」と芭蕉は詠みました。ところがこのスミレ類が案外もう見られなくなってきています。
夏、里山のクヌギやコナラの樹液には、クワガタムシ類やゴマダラチョウなど多くの昆虫たちが集まります。
秋の里山は実りの季節です。キキョウが咲き赤とんぼが舞います。「夕焼け小焼けの赤とんぼ」と歌われていますが、このトンボはアキアカネという日本固有種です。近年このアキアカネが急速に減ってきています。大阪ではほんとうに珍しいものになってしまいました。原因は、田植えをする前に稲に吸わせておくネオニコチノイド系の農薬があるのですが、この農薬が水田でアキアカネの幼虫を殺してしまうらしいのです。万葉の時代から「秋の七草」のひとつとして知られるキキョウもまた環境省の絶滅危惧種に数えられています。私たちがこれまで慣れ親しんできた里山の生物たちがどんどんいなくなってきているのです。
冬は冬で、この季節にだけ里山林で見られるフユシャクというガの仲間をはじめ、里山にはさまざまな生物が見られます。

 

里山を理解するには、自然の遷移を知る必要があります。裸の土地には、まず草が生えてきます。さらにススキなどの多年草が生えるようになり、やがて陽樹と呼ばれる、明るい土地を好み、乾燥したところでも育つアカマツやコナラ、クヌギなどの雑木林となります。関東や関西の低地では、これが里山林として利用されています。しかし、陽樹林はやがて暗い林内でも発芽し、成長するカシやシイなどの陰樹林に変わっていきます。照葉樹林と呼ばれる林です。こうした植生の変化を遷移と呼んでいるのですが、洪水や伐採などによって遷移の方向が逆行します。生態学では、これを撹乱と呼んでいます。里山林では、木が育つと伐採して薪や炭にしたり、用材やシイタケ栽培に使います。その台木から再び芽が伸びて大きな木に育っていきます。下草や落ち葉は肥料として使われます。こうしてまるで永久機関のように、私たちの祖先は陽樹林を維持し、持続的に利用してきました。農村の風景の中には、農耕地や草地から陽樹林や陰樹林まで、植生遷移のすべての段階が含まれているのです。
このように多様な環境を有する里山は多くの生物を育て、棲息させてきました。そこでは、植物を食べる昆虫が鳥や小動物に食べられ、さらに小動物がワシやタカなどの猛禽類に食べられるといった複雑な食物連鎖が維持されてきたのです。多様な生物がいて、みんなつながっているということです。土の中にも多くの生物がいます。豊かな里山林では、足跡一つ分の土の中に昆虫類やダニ類、センチュウ類など数万の生物がいるといわれています。そうした生物たちが、枯葉や倒木、昆虫や動物の遺体や排泄物などを分解して無機物にし、植物がこれを養分として再利用しています。生産者(植物)→消費者(動物)→分解者(土壌生物)という食物連鎖によって、物質は循環しているわけです。里山林は、人の手により維持されてきた二次的な自然ではありますが、一定の自律性を持っています。また、基本的に太陽エネルギーのみで維持されています。


2.里山の崩壊

里山林は1950~1960年ころから崩壊し始めました。理由は、薪や炭、肥料などがいらなくなったからです。私が生まれた1950年代は、確かにわが家は薪でご飯を炊いていました。それがガスや石油エネルギーが普及して、次第に薪や炭は使われなくなりました。里山林が不要になったのです。不要になった里山林は破壊され始めました。また残された里山林も遷移が進行し、変貌し始めています。
里山林が放棄されると、まず林床のネザサが伸長します。ネザサが繁茂すると林床植生が単純化します。カタクリやササユリ、ショウジョウバカマといった林内の草本は、背の高いササに埋もれて枯れてなくなっていきました。
また里山の一部だった竹林が拡大し、里山林を飲み込んでいっています。安価なタケノコや竹製品が東南アジアから輸入されるようになって、竹林の価値が失われ手入れをしなくなったからです。そのため竹林が放棄され、各地で竹林の自然拡大が始まりました。鉄道や高速道路を利用すると、その沿線で竹林拡大の実態を見ることができます。
水田も圃場整備が進んで、従来のくねくねした水田が、きれいな形の区画に整備されました。そのため畔に残されていた旧来の植物が失われ外来種が取って代わるようになっています。
こうして多くの里山の生物が絶滅危惧種や・準絶滅危惧種になっていっています。たとえば、オオタカやオオムラサキ、オオクワガタ、メダカ、タガメ、オオウラギンヒョウモンなどです。環境の悪化に加えて、オオクワガタやタガメでは業者の乱獲なども大きく影響しています。夜行性の生物、たとえばタガメなどは、街灯が増加するだけで生存が脅かされてしまいます。オオウラギンヒョウモンの場合は、採草地の減少の問題があります。この蝶はスミレを食草としていますが、河川敷や農耕地でシバ草地が減少し、そこに生える陽地性のスミレもなくなってきています。このため急速に減少しているのです。現在棲息が確認されているのは、自衛隊の演習場などのように草を低く刈っているところです。草を低く刈っているところでは、スミレなどがまだまとまって残されているからです。

よく似た例がシルビアシジミです。これもシバ草地の減少で、食草であるミヤコグサなどがなくなってきたため急激に減っています。たまたま大阪空港周辺で発見されましたが、ここではミヤコグサでなくシロツメグサに依存しています。いずれにしても、空港は草を刈って明るいシバ草地が広く維持されているところなのです。

実は、日本の絶滅危惧種の約半数は里地里山で見られる生物です。里地里山は国土面積の約4割を占めていますので、日本の生物多様性をまもるにはとても重要な場所なのです。
環境省のレッドデータブックは1991年に初版が発行されました。その後、2000年、2007年にレッドリストが出されましたが、植物・動物・昆虫のどの分野でも絶滅種、絶滅危惧種は増え続けています。

 

3.生物多様性の危機要因

生物多様性が減少する要因について、IUCN(国際自然保護連合)は上位3つを次のようにまとめています。
1)生息地の消失
2)乱獲
3)外来種の導入

 

日本の場合は、生物多様性条約にもとづく「生物多様性国家戦略」の中で「生物多様性の3つの危機」としてまとめていますが、IUCNとは少し違います。
1)開発などによる生息地破壊
2)里地里山問題
3)外来種や化学物質の影響

 

このうち2)の里地里山問題というのは、里地里山に人の手が入らないこと、つまり管理不足によって生物多様性が失われているということなのです。
なお、2007年からは第4の危機要因として、地球温暖化による危機が加わっています。

 

私は昆虫の生態学を専攻しているのですが、なぜ里山保全の話をさせていただいているのかというと、里山の生物が日本の生物相の中で重要な位置を占めていることに気づいたからなのです。ここでちょっと、私の研究しているギフチョウのことを話させていただきます。この蝶は環境省の絶滅危惧種に挙げられている日本固有種で、本州にしかいません。成虫は春だけに現れます。幼虫は、林の中に生えるウマノスズクサ科のカンアオイの新葉を食べます。卵は4~5月にカンアオイの葉に産み付けられ、幼虫は6月にさなぎになり次の春までそのままの姿で過ごします。
カンアオイの方は、種子から1年目に1枚葉を出し、2年目に2枚になり、というように育っていって10年後に花を咲かせます。種子はアリが運びます。種子の一部にアリの好む部分がついているのです。アリは種子を巣に運んで食べ、いらない種子本体は捨てます。アリはだいたい5m種子を運ぶそうですので、カンアオイは10年で5m分布を広げることになります。つまり、1万年でも5kmしか進まないのです。したがって、里山林にギフチョウがいるのはすごいことなのです。1万3000年前の日本では、西日本一帯を温帯性の落葉樹林がおおっていましたので、ギフチョウも栄えていたのではないかと思われます。約9000年前から気候が温暖化し、照葉樹林帯が北上を始めました。そうして約3000年前、西日本の低地は、照葉樹林帯におおわれましたが、ちょうどその頃、水田稲作が始まったので、ギフチョウの生息地は里山に取り込まれる形になりました。つまり、ギフチョウの住む里山林は歴史が古いのです。このように温帯性の日本的な生物は、みんな里山林の中に取り込まれて残されているのです。いわばタイムカプセルのようなものなのです。これに私が気づいて里山を保全しようと声を上げたわけです。

 

里山についておさらいしますと、

  • 旧来の農業が維持してきた二次的自然
  • 生態学的には遷移途中相のモザイク
  • 多様な生物達に生活場所を提供(特に日本固有種など東アジアのみに分布する種が多い)
  • 日本的な文化の温床  ということになります。

 

一方で里山でも増えている種があります。
まず外来種です。たとえば、ブラックバス、ブルーギル、ミシシッピアカミミガメ、アライグマ、セアカゴケグモなどの動物。アレチウリ、オオブタクサ、ホテイアオイなどの植物です。
またナガサキアゲハなどの南方系種も増加しています。
これは外来種でも南方系種でもありませんが、ニホンジカ、ニホンイノシシなどの野生獣も増加し、少し困ったことになっています。とくにシカの場合、その食害で植生が非常に偏ってしまうことがあります。滋賀県のあるところでは、ササ原だったところが食べられて、林床植生はイワヒメワラビとマツカゼソウ、ベニバナボロギクの3種だけになっていました。シカが食べない植物だけが残っているのです。

 

4.里山の自然をまもる

里山の保全活動は日本各地で行われ始めています。たとえば大阪府能勢町の三草山もそのひとつで、1992年から「三草山ゼフィルスの森」として大阪みどりのトラスト協会による保全管理が行われています。三草山は、標高が564mで、ここにかつての里山林が残っています。同協会ではこの林の立ち木をトラスト(信託)して、14ヘクタールほどの面積をまもっています。三草山にはたくさんの蝶たちがいます。その中には11種類のゼフィルス類が含まれています。シジミチョウの仲間で、ヨーロッパでは西風が吹く頃にあらわれることから、ギリシャ神話の西風の神(ゼフィロス)にちなんでゼフィルスという学名がつけられたものです。これが「三草山ゼフィルスの森」の由来です。蝶たちの中で、ミドリヒョウモンやメスグロヒョウモンなどのヒョウモンチョウ類は幼虫のときに林床のスミレ類を食べます。ですので、林床のササを刈ってやればスミレ類が増えてこの蝶たちも増えます。しかし一方で、ヒカゲチョウやクロヒカゲといったササを食べる蝶もいるのです。ササを刈ると、この蝶たちは困るのです。それでササを25mごとに帯状に刈ることにしました。これで両方の蝶をはじめとするいろいろな生物にとって良い環境になっていると思います。
大阪みどりのトラスト協会はこのほかにもさまざまな取り組みを行っています。詳細はホームページをご覧ください。

http://www.ogtrust.jp/


環境省でも「モニタリングサイト1000」という事業が始まっています。これは全国のさまざまなタイプの自然を約1000ヶ所選んで、100年間にわたってモニタリングしようというものです。里地里山部門では全国の約200ヶ所を選んでモニタリングしています。水質、植物、野鳥、哺乳類、カヤネズミ、カエルなどいろいろなモニタリング項目があるのですが、その中のチョウ類の調査を私が指導しています。
里地里山タイプの調査地は、日本自然保護協会が全体統括をしています。多様な生物の生息場所を含み、市民によって9項目の総合的調査を行っています。2005年度の開始から5年間で1300人以上が参加して35万件のデータが集まりました。大阪では枚方市の穂谷の里山がコアサイトに選ばれています。コアサイトは全国に18あって、100年間入れ替えなしに続けてモニタリングしていくところです。穂谷の地域コーディネータは大阪自然環境保全協会が受け持っています。

 

「モニタリングサイト1000」里地部門の調査の成果としては、外来種であるアライグマの侵入が愛媛県や山梨県で初めて確認されたり、南方系の蝶であるナガサキアゲハの北上が確認されたりしています。こうした調査を毎年行い、問題があれば環境省や地方行政に情報提供して対策を考えていく仕組みになっています。私たちは、自然の健康診断と呼んでいます。

 

5.里山の保全と活用に向けて

2010年の秋に名古屋で開かれたCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)で、日本は世界に対し「SATOYAMAイニシアチブ」を提唱しました。SATOYAMAと書いてありますが、これは里地里山の意味です。日本の里地里山のような、持続的に資源を利用しながら、人との関わりの中で維持されてきた二次的な自然が、生物多様性の保全にも重要であることをアピールしたものです。環境省は、日本の里山問題を考えるために里地里山検討委員会を立ち上げ、ここで「里地里山保全活用行動計画」を策定し、2010年9月、COP10の1ヶ月前に発表しました。国土の約4割を占める里地里山の保全と活用を、農水省、文化庁、国土交通省などとともに検討、国民的運動として展開するというものです。
しかし、農業との関係で里山というのであれば、本当の意味での里山林はもうないのではないかと思います。農業との関係がすでに切れているからです。三草山も里山の「名残」にすぎないのです。それで、「里地里山を新たなコモンズにより支え、未来へ引き継ぐ」という方向を打ち上げました。農業者だけが里山林を使いながら管理するというだけでは、もはや里地里山の保全は実現できないのです。そうでない使い方があってもいいのではないか。環境教育につかってもいいし、市民が里山に入って楽しむ使い方があってもいい。そのために行政は市民が取り組みやすい環境を整備する、企業は、CSR活動として取り組んだり資金をだして支援する、農林業者や地域コミュニティは実際の保全活動の軸となっていただく、市民やNPOの方は直接・間接に支援していただく、専門家・研究者は自然特性に応じた保全再生目標の設定やモニタリングを指導する、というようにそれぞれの立場で参加して「新たなコモンズ」を形成することが望まれるというわけです。里地里山保全活用行動計画のパンフレットは、環境省のホームページで見ることができますのでぜひご覧ください。

http://www.env.go.jp/nature/satoyama/keikaku/1-1_keikaku.pdf


里山の自然をまもる意味について、生態系サービスの観点から見ますと

  1. さまざまな資源を供給する(供給サービス)
    薪や炭、堆肥、木材、食物など
  2. 精神的・文化的な価値(文化的サービス)
    身近な自然、憩いの場、教育の場など
  3. 生命維持装置として機能(調整・基盤サービス)
    不完全な都市の生態系機能を補完する
  4. 野生生物の避難場所(基盤サービス)
    日本的な生物が希少種となって残存している

 

ということになると思います。
里山の崩壊は、日本的な自然の喪失であり、日本的な生物の喪失につながっています。私のお話で里山をまもる意味について少しでもご理解いただけたら幸いです。

ご清聴ありがとうございました。