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ウォーターフットプリント ~水の環境情報の見える化に関する方法と社会動向~

ウォーターフットプリント
~水の環境情報の見える化に関する方法と社会動向~

 

■講師

東京都市大学環境情報学部 准教授  伊坪徳宏氏

 

1.はじめに
毎年12月に東京ビッグサイトでエコプロダクツ展が開催されます。昨年は750社が出展し、3日間で18万人が来場しました。内2万人は小中学生・幼稚園生で環境教育としても活用されています。カーボンフットプリントのコーナーも設けられていました。CO2排出量を見える化するというもので、経済産業省がプロジェクトを立ち上げて推進しています。すでにガイドブックも作られていて、ホームページからダウンロードすることができます。
http://www.cfp-japan.jp/about/guidebook.html
食品や日用品などさまざまな製品のCO2排出量を知ることができますが、重要なのはライフサイクル(LCA)に注目してCO2排出量を定量化しているところです。たとえばピーマン100gあたりのカーボンフットプリントは、0.4kgと表示されています。内訳も表示されていて、「つくる」「はこぶ・はんばい」「つかう・すてる」となっています。ライフサイクルを通じた見える化ということです。
このLCAはさまざまな企業で導入されています。トヨタのプリウスを例にとりますと、ガソリン車と比べて生産段階ではCO2が20%多く排出されますが、走行段階ではガソリン車の半分以下になりますので、LCA全体で見ると4割削減できるということが分かります。
本来LCAは製品の開発に利用される形で広く使われてきましたが、最近はエコプロダクツであるということを伝えるツールとして活用されています。プリウスのホームページでも環境仕様という項目でLCAの結果を見ることができます。
http://toyota.jp/prius/003_p_005/ecology/index.html

 

最近のLCAの広報の特徴として、LCA結果を企業の社会貢献として示すという使いかたがあります。プリウスは1997年から売り出されました。これまでの累積販売台数をCO2の累積排出量に変えて、サイズ・性能が同等のガソリン車のCO2排出量と比較すると、2008年までで約900万トンのCO2削減に貢献したことになるという情報をだしています。つまりエコプロダクツを売ることで社会に貢献しているというわけです。特徴的なのは、企業の中だけで削減しているのではなく、売った後、利用者のCO2排出量も含めているところです。これまで企業のCO2削減といえば工場の中での削減でしたが、最近はLCAの結果を利用して、利用段階も含めた全体での削減量を自分たちの社会貢献として示しているのです。

 

もうひとつLCAの使われ方をご紹介しましょう。これまでは自社製品にLCAが使われてきました。最近では小売業がLCAを活かして強い働きかけを行っています。これはアメリカのウォルマートの例です。同社の気候とエネルギーへの対応のなかで、2015年までにウォルマートのグローバルサプライチェーンを通じて温室効果ガスを2000万トン削減するといっています。つまり、店舗におけるCO2排出量だけでなく、販売後に排出されるCO2についてもウォルマートが責任を持って売っていくといっているのです。となるとウォルマートは自分たちが販売する製品のCO2排出量を知らないといけないわけです。そこですでにサプライヤー60000社にCO2情報の提供を求めるアンケートが発送されています。その結果を踏まえてウォルマートは、よりCO2の少ない商品を販売していくことになるでしょう。
このアンケートは、「エネルギーと気候」「資源」「自然」「社会」などにカテゴリーが分かれていますが、「資源」のなかに、"製品の水使用量を出してください"、という項目があります。CO2だけでなく廃棄物や水に関する定量的情報をだすよう求めているのです。ウォルマートは世界最大の小売業者ですから、他の小売業者やメーカーに大きな影響を与えるのは間違いないでしょう。

 

エコプロダクツ2010では、展示場でウォーターフットプリントの紹介をしました。昨年のエコプロダクツ2011では、実際にウォーターフットプリントを量った企業の事例が続々とでてきました。凸版印刷、東芝、資生堂、大日本印刷、フレンテ、チクマ、MPSジャパン、パナソニック電工などで、水の量をLCAの視点で評価するということを始めておられます。つまりこの1年で概念の紹介から実践に移ってきている状況だといえます。

 

2.水を評価する意義
なぜ水を評価するのかということについて、考え方と計算の方法を簡単にご紹介します。水に注目が集まっている背景として、WHOが2009年にだした報告書の中で、全世界で何が原因で余命が失われているかを発表しました。喫煙によって5689万年の余命が全世界で失われたとか、肥満によって3579万年失われたとしています。環境要因による損失余命の情報もだされています。そのトップは、安全でない水や衛生設備で、6424万年が失われたとしています。下痢や感染症によるものです。一人が20年失ったとして約300万人になります。発展途上国の5歳以下の幼児が多いです。幼児が死ぬと大きく余命が失われます。温暖化による損失余命は540万年とされていますので、水による損失余命はその10倍に上ります。水関連の病気でのべ4億4300万日の授業日が失われているという報告もあり、単なる健康問題ではなく社会問題と考えられています。また、国と国との紛争の要因ともなっています。

 

国連は2000年に開発目標を掲げました。2015年までに、安全な飲料水と基礎的な衛生施設を持続可能な形で利用できない人々の割合を半減させるというものです。その中間報告が2007年にだされました。環境の持続可能性の確保という項目があり、そこには森林破壊の防止、安全な水のない人口の半減、衛生設備(下水)のない人口の半減、スラム居住者の生活改善、の4項目が目標として挙げられています。4つのうち2つが水です。それだけ国連は水問題を重視しているのです。しかし世界の半数以上の地域で改善がみられず、目標の達成は困難な状況です。

 

水の状況を捉える指標としてよくあげられるのが、バーチャルウォーター(仮想水)です。定義は「消費国(輸入国)でもしそれを作っていたとしたら必要であった水資源量」です。例えば、日本で小麦を消費したとすると、小麦はアメリカで生産されたので栽培に水が消費されました。そこでこの水を小麦のバーチャルウォーターとしてカウントするわけです。仮想的に水を輸入したとみなします。試算では年間アメリカから169億立方メートル、中国からは約100億立方メートル輸入しています。全部あわせると685億立方メートルになります。日本国内での水の使用量は約820億立方メートルです。国内で使用される水の4分の3に当たる水が海外で使用されていることになります。

 

3.ウォーターフットプリントの考え方
ウォーターフットプリントは、LCAに注目して水の量を量ります。水の定量化という観点から1世帯、年間どれだけの水を使っているかをみてみましょう。家庭では、お風呂、炊事、洗濯、トイレでそれぞれ25%ずつ水が使われています。まとめると1世帯(2.5人)が年間に300立方メートル使っています。一人当たりは120立方メートル(25mプール0.2杯分)になります。これを基にして節水がいわれますが、これはライフサイクルの一部にすぎません。これをライフサイクルで考えるとどうなるでしょう。
衣類で考えると、水が使われるのは洗濯だけではありません。まず生地のもとになる綿花を栽培するのに水が必要です。さらに染色や縫製する工場でも水が使われます。運んだり廃棄するところまで全部含むと、一枚のジャケットのウォーターフットプリントは、462リットルになります。内訳は洗濯に37%、綿花の栽培に49.4%、生産と輸送に13.5%といった割合です。このようにライフサイクルに注目して水の使用量を評価するのがウォーターフットプリントです。バーチャルウォーターは国を対象にして評価することが多いのですが、ウォーターフットプリントは製品を対象として評価することが多いです。したがって企業で評価する場合は、ウォーターフットプリントのほうが多くなります。

 

4.ウォーターフットプリントの事例
コカコーラやネスレは立派な報告書を出しています。コカコーラで見ると、500ccのコーラ1本に対し70倍の35リットルの水が使われます。全体の8割は原材料です。2割は容器包装です。さらに細かく見ると、原材料に使われている水の半分は雨水です。さらに地下水と河川水を合わせ2割くらいがまかなわれています。汚染物質がでるとこれを環境基準に達するまで薄めないといけませんが、そのために必要な水の量も表記しています。
ネスレのシリアルを見ますと、原料は小麦とローファットミルクで、それぞれの水の量をあわせると一食分のウォーターフットプリントは106リットルとなっています。細かく見ると、ミルクの雨水の量が90リットルと多くなっていますが、これは牛が食べる牧草を育てるのに使われている水です。このように世界的な企業が続々と取り組んでいますが、これを牽引するのが、ウォーターフットプリントネットワークというオランダの団体です。牛肉や卵、ワイン、パン、コーヒーなど、どれだけの水が使われているかをホームページで公開しています。
http://www.waterfootprint.org/?page=files/productgallery (英文サイト)

 

LCAの基本概念と一般的な手順はISOで規格化されています。(14040)この規格とウォーターフットプリントとの関係については、いま大きな議論になっています。ISOがウォーターフットプリントをどう扱っているかといいますと、14046という規格の中でウォーターフットプリントの実施手順を国際規格化しようとしています。40番台ですのでLCAの一手法という認識です。したがってウォーターフットプリントを計算するとなると、まずLCAを知っておく必要があるわけです。LCAを知った上で水に注目したものがウォーターフットプリントですよというのが、ISOの見解です。
LCAでは、調査範囲の設定をします。車でいえば、車のライフサイクルはどこからどこまでかを決めなければなりません。調査範囲を決めるということです。原料の入手から製造・使用・廃棄埋め立てまでと決めれば、それぞれの工程で環境負荷が発生しますから、これを全部足し合わせると物質ごとのボリュームが算出できるわけです。次に環境問題に注目して環境への影響を測ります。これがインパクト評価(影響評価)と呼ばれるものです。この結果を解釈して報告書が作成されます。LCAで「結果」といいますと、環境負荷と環境影響の2種類となります。ウォーターフットプリントもこれに即して評価しますので、環境負荷と環境影響があることになります。しかし環境影響については、まだ国際的な合意はありません。手法の提案が行われている段階です。

 

5.環境負荷の求め方
紅茶を事例としてご説明します。紅茶1パックと紙カップ、ミルク、砂糖、マドラーなどの付属品もすべて対象になります。茶葉の生産地も重要ですのでスリランカとします。紅茶のライフサイクルに注目して算出しますので、評価範囲を決めます。栽培から加工、抽出、廃棄まで、付属品の生産、廃棄も対象です。紅茶パックのメーカーが水の使用量を量りたいというときは、一番良く知っている情報から見ます。それは自分の工場内のことです。買ってくるものについては教えてもらわないと分かりません。それでまず工場内の工程ごとにどれぐらい使われるかを見ていきます。買ってきた茶葉は、しおれさせ、揉んで、ほぐして、発酵させ、乾燥させ、梱包して紅茶パックができあがります。この工程で電力がどれくらい使われるか、紙やナイロンがどれくらい使われるかが分かります。次に電力のことは電力会社に聞きます。1kwhあたりの水の量が分かります。しかし発電所で燃やす石炭のことは分かりませんから、石炭を採掘している会社に聞く必要があります。こんな風に次々とさかのぼっていくことになります。自動車などは2万点もの部品がありますから、とても無理です。そこで、データベースを作って支援しようということで、電気であれば、電気事業連合会が、紙は製紙連合会がというように、国レベルのプロジェクトとして情報を集めましょうということになりました。LCAプロジェクトとして1998年から進めています。しかし当初はCO2などが中心で水のデータはありませんでした。まだあまり注目されていなかったからです。そこで水についても作りましょうということで私たちで水データベースを作りました。これを使えば簡単に水の消費量が計算できることになります。紅茶パックに当てはめますと1袋の紅茶パックの加工には、電力として0.12リットル、紙に0.0067リットル、ナイロンに0.06リットル、合計0.19リットルの水が使われています。同様に付属品の紙カップ1個には、1.77リットルの水が消費されています。茶葉の栽培から加工、紙カップ、砂糖、フレッシュ、マドラー、抽出、廃棄までのライフサイクル全体では、紅茶1杯に対して20.5リットルの水が使用されていることになります。1杯約200ccにつき約100倍の水が必要ということです。その4分の3は栽培における水です。ではコーヒーはどうか。コーヒーは1杯当り209リットルとなっています。この違いはなにかといいますと、栽培期間です。茶葉は2週間くらいで摘むことができます。これに対してコーヒーは実がなるまでに9~10ヶ月かかりますので、それだけ多くの水がいることになります。ブラジルなど比較的降水量の多い地域でコーヒーを栽培するのは、ウォーターフットプリントから見ても理に適っていることになります。

 

このように水のデータベースができましたので、企業に使っていただくようお願いしました。凸版印刷は、レンジで焼き魚ができる調理包材を対象に評価しました。レンジで調理すると洗浄する必要がありませんので、包材の製造工程では水が必要となるのですが、グリルで焼いて調理するより約半分の水の消費で済むことがわかりました。
資生堂はシャンプーを調べました。やはり使用時(髪を洗う)の水消費が多いです。一回当たりでは、ライフサイクル全体で21リットル、そのうち使用時が15リットルでした。容器をつくるのにも意外と多く使われていました。
東芝は洗濯機と冷蔵庫で算定しました。洗濯機はドラム式になったことで水の消費量は大きく減りました。冷蔵庫の場合は、消費電力が少なくなったことと、食品の鮮度を保つ機能が良くなったことが、水消費量の削減に繋がっています。食品ロスが減ったことでロス分に投入される水の量が減ったわけです。
水データベースを使うと1世帯あたり年間どれくらいの水が消費されているかといったことも計算できます。総量で4000立方メートルになり、一番多いのは食料で72%を占めています。食料の中では、穀類・魚介類・肉類・果物の数字が高いです。あと光熱・水道が10%、教養娯楽が8%、その他が10%となっています。実際に家庭の中で水として使用されるのはトイレ・風呂・調理・洗濯で、これらは300立方メートルとなっており、光熱・水道の一部を占めています。ライフサイクルで見ない限り、家庭内の水の使用量だけでは、水消費の全体を把握するのは難しいのではないかと思います。

 

ウォーターフットプリントの国際規格には、インベントリー(環境負荷)と影響評価があると申し上げましたが、影響評価についてはまだまだ開発中です。健康への影響評価をしてみると、紅茶とコーヒーでは結果はほとんど同じです。インベントリーですと20対200と10倍違っていました。コーヒーはブラジル産、紅茶はスリランカ産と産地が異なっていたからです。同じ1立方メートルの水でも国によって環境影響は一桁違ってくるのです。それを考慮して健康影響という視点で見ると、評価はほとんど変わらないのです。これが水の環境影響を評価する一番重要なポイントです。日本で健康影響を評価したらほとんどゼロになります。しかし水が深刻な地域で1立方メートル水が消費されたら、その影響は日本の3桁も4桁も大きくなるでしょう。

 

CO2の評価についてもお話しておきましょう。CO2に関しては、栽培などよりも容器のような工業製品のほうが大きくなります。それでCO2で見ると紅茶もコーヒーもそれほど環境負荷は変わりません。紅茶とコーヒーを環境影響で評価すると、水による健康影響とCO2による温暖化の影響を比較することができるようになります。環境負荷量で見ると両者の数字の意味は違いますので、そのまま比較することはできません。環境影響で評価するとその影響量は、異なる環境でも比較することができます。紅茶もコーヒーも、温暖化による健康影響よりも水による下痢などの健康影響のほうが大きいということになります。

 

ご清聴ありがとうございました。